ほぼありえない「国際金融都市 東京」の可能性

東京国際金融機構という団体があります。小池百合子都知事が国際金融都市東京を目指して2016年に懇談会、2018年にワーキンググループ、そして2019年4月にこの一般社団法人を作りました。会長を務めるのは日銀総裁候補にも名が挙がった中曽宏氏でウェブサイトの挨拶にこう述べています。

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「我が国には1800兆円もの個人金融資産、厚みのある企業群、安定的な社会インフラ、さらには世界の人々を魅了する美しい自然と文化など、『強み』と呼べるものが多数存在します。これらを効果的に活用し、現在欠けている機能を補完することで、東京の金融エコシステムを整備し、ひいては都市としての国際競争力の向上を目指してまいります」と。更に「世界に発信する東京として東京の魅力向上に努める」と表現しています。

私がなぜ、この考え方ではなぜ国際金融都市が生まれないか、持論を述べます。

この機構の考え方はあくまでも日本、ないし日本人が持っている資産を運用することをベースに国際金融都市を構築しようと見えるのです。「世界に発信する」と言うのは金融の日本中心主義です。

では日本は金融に対して先進的な国家でしょうか?OECDが2019年に調査した金融リテラシー調査ではフランス72%、ドイツ67%、英国63%に対して日本は60%でした。OECDの国際的学習到達度調査であるPISAの金融リテラシー部門には日本は参加すらしていません。日銀の傘下である金融広報中央委員会が実施し、OECDで比較可能な金融リテラシー調査でも参加24カ国中8位です。特にライバルの香港が79.1ポイントに対して日本は62.5ポイントと大きく差をつけられています。

日本では歴史的、民族的にお金を話をするのを嫌がる傾向があります。また、運用に対するリスクも嫌います。不思議ですが、株式にはリスクがあると思う人がAT1債は利回りが良いから買うとか、未公開株の投資に騙されたとか、3千万円の価値のない我が家の不動産価値を8千万円だと信じて疑わない人など様々です。なぜこのようなことになるかと言えばお金の話をしないので国民の間で相互理解も勉強も進まないのです。結局、銀行に預けっぱなしか、証券会社の口車に乗せられるだけなのです。

日本には確かに巨額の資金が寝ています。それを運用するという発想に転換すれば一定の金融ビックバンは起きます。ですが、表題の「国際金融都市」とは次元が違うのです。大きな勘違いがそこにあるのです。そのキーは海外のマネーを呼び込めるか、なのです。

マネーは24時間動きます。コンピューター上で動くので市場は勝手に展開しますが、当然、人間のフレーバーがそこに入り込みます。世界規模の国際金融センターは概ね3拠点必要です。ニューヨーク、アジア圏、そして欧州圏です。時差の関係が理由です。例えば北米でマネーの業務につく人は多くがNY時間で仕事をします。ここバンクーバーとは時差が3時間ありますが、私ですら市場が開く午前6時半には毎日準備万端の状態です。

つまり国際金融都市とはそこに人とマネーを寄せ付けなくてはいけないのです。もちろん、オンラインで構わないのですが、NYの近辺にはマネーマーケットで生計を立てる人々やマネーのインフルエンサーが無数にいます。そのような会社も多く存在し、海外からのマネーを預かり、運用し、利益を上げ、分配するという流れの中には必ず、市場関係者が物理的に活動をしているのです。

アジアについて考えるとシンガポールが最強であることに変わりはありません。それは国家が小さいため、国際金融都市としての国家の運命がかかっているのです。そしてジム ロジャーズ氏や金満の華僑を含め、多くの市場参加者とインフルエンサーがいるのです。

では東京が国際金融都市にならない理由を箇条書きにしましょう。

  1. 国民の金融リテラシーが低すぎること
  2. 日本企業に世界をリードできる規模を持つ企業が少なすぎること、また国内上場会社の規模が小さすぎて投資対象にならないこと
  3. 海外の資金を呼び込む仕組みが盤石ではないこと。ADRに似た仕組みもないし、OTCもほとんどないし、東証で海外上場企業はわずか6社しかない。(NY市場では日本株が約300社取引できます。)
  4. 市場調査などの産業が発達していないこと、特に英文の投資目論を読みこなし、海外カウンターパートと直接やりとりしながら情報交換できるような能力を持つ人材が圧倒的に不足していること
  5. 東京証券取引所の仕組みが国際的なレベルの取引になっていないこと
  6. 金融業の従事者が日本人ばかりで投資の発想に圧倒的偏りがあること

私が最重要課題だと思っている理由の一部です。メディアでは税制がどうのこうの、英語が全般的にダメだ、インフラがどうだ、と言うことを指摘していますが、私から見るとそれ以前の話なのです。

ニューヨーク市場がなぜ面白いか、といえば様々な国や文化、社会的背景をもった人のマネーがぶつかり合うからです。そのダイナミックさは他の市場では感じることはできません。

最近、日本市場を再注目する外国人投資家が確かに増えているし、資金流入量も増えています。ただ、これらのマネーは潮の満ち引きのようなもので来たと思ったらサーっと引いていくのです。滞留しないのです。滞留させるには市場としての確立が必要だということです。

以前にも指摘したと思いますが、唯一、日本が国際金融市場のお株を奪えるとすればクリプトカレンシー(暗号資産)の巨大市場を作れば世界制覇出来ます。アメリカには暗号資産の市場は出来にくいのです。理由はドル基軸通貨の防衛の観点から暗号資産の市場展開は嫌なので政治的に排除されやすいのです。その一方で暗号資産とデジタルマネーは5年後から10年後にかけて世界を席巻するし、その派生商品を扱う市場はどうしても必要なのですが、今だそこに踏み込む都市がないのです。

国際通貨の観点からすればドルの流通量は落ちてきています。だからと言って中国元というわけでもないのです。様々なアイディアが出ては消えています。第二次大戦中、ケインズは「バンコール(bancor)」という超国家的通貨を提案しましたがアメリカがドル基軸にこだわり、成就しなかった経緯があります。このバンコールは時折再認識されているのですが、ケインズが嫌ったのは一国の通貨が国際通貨になることは危険である、という発想なのです。その点を踏まえ、ドル基軸体制の補完的意味合いからもNY以外の国際金融都市の育成は必要です。

日本がそれを目指すなら国民の金融に関する感性を高めること、マネーリテラシーだけではなく、国際感覚を持ち合わせたチームが世界をリードする体制が必要かと思います。そして金融は極めて革新的挑戦が必要な産業であるとも申し添えておきます。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年5月1日日の記事より転載させていただきました。