要人警護問題:日本は情報収集と指揮の手法を革新しテロの脅威を跳ね返せ

未熟な青年が岸田総理に爆発物を投擲するという事件が起きた。

昨夏7月の安倍元総理遭難に続き、今度は現職総理を狙った要人襲撃事件であり断じて許されるものではない。昨秋以来、要人警護は警察庁が関与・指導し県警も対策を強化したはずだが、なぜ防げなかったのだろうか。

NHKより

1. 警護体制強化のための3つの提言

本来「テロとの戦い」は日本全体の命運にさえかかわる喫緊の課題である。つまり、党派性を排して国会や行政府自身が一致団結して取り組む“共通の敵(国難)”との闘いであるはずだが、実効性ある原因追及や組織改革を迫る機運は全く起きない。もはや国会や野党あるいはマスメディアに期待するほうが間違いということだろう。

とはいえ日本のリーダーである総理(元総理を含む)をテロなどで失うべきではない。情緒の問題ではない。それは、20世紀前半に学ぶなら国を亡ぼす道だからである。そこで、「筆者如きは無力な一個人」の自覚はあるが下記3点を提案する。

提言1:「日本政府は警護現場に必要な諸機材(AI・映像・通信・防護板他)を配備せよ」
提言2:「警察は指揮官を指揮に専念させ、即時・俯瞰・双方向の情報と指揮を統合せよ」
提言3:「日本政府は、警察組織を呪縛する「組織文化の“欠陥”」を探索・除去せよ」

上記の提言1・2(機材・情報・指揮)は警察庁自身が検証報告書(8月25日発表)で示した事柄(の筆者なりの理解)である。なぜ半年も時間がありながら導入できていないのか?

また提言3(文化)に至る道筋は、後述するが門外漢(の筆者)による結果論であり、後知恵に過ぎない。しかし現実を直視し「真に実効性のある自己革新」を成し遂げなければ、今後の要人襲撃事件でも「運任せ」の要素が排除できず、「現場警護員に過酷な責任を負わせ」続けることになるだろう。

2.  安倍元総理警護に失敗した直接の要因と立案された防止策

● 安倍元総理の警護に失敗した直接の要因

「警察庁検証報告書」(※)では、「警戒網の空白を生み、犯人が接近して銃撃することを可能にしてしまったことが直接の要因」(筆者の要約)と結論し、その要因が再現されないよう数々の改善策を列挙していた。

※『令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書

整理すると、

「身辺警護員等が『1発目発射まで襲撃者の接近に気が付かなかった』ので(≒直接要因)『2発目発射を許容し』、警察は警護に失敗した。」

「裏」を考えるならば、

『1発目発射までに身辺警護員等が襲撃者の接近に気が付く』ことができれば『2発目発射を許容せず』警護に成功した(可能性がある)。」

ということである。(ただしそれとて十分条件ではない。詳細は添付図4-5参照)

なお、結論部分は簡潔に明示するために要約を重ねた。その背景をなす2次的・3次的な諸条件も検証報告書では描き出されているが膨大・詳細なので本稿では拾いきれていない。そこに関心がある場合、必ず報告書原典にあたりご自身の見解を構成して頂きたい。

● 立案された防止策

検証報告書が提示した改善策には、重複する部分もあるので要旨を抽出した。警視庁と都道府県の各警察(と警護チーム)の具体的な改善策を一覧化すると添付「表1-1」の通りとなる(ただし捨象した記述にも多くの意味があるので完全網羅とは言えない)。

3. 改善にもかかわらず岸田総理襲撃を許した要因は何か?

警察庁と各都道府県の警察は、前記のような改善策の導入(とその努力)を行い、再発防止に全力で取り組んできたはずだが、その検証報告から7か月以上の準備実施期間を経た4月、「殺害の意図さえ持つ襲撃者の攻撃可能圏内への接近と攻撃敢行」は再度実現してしまった。

この「襲撃者が接近と攻撃を達成した」という事実が示しているのは、「警察組織は『学習』に失敗した」ということである。学習失敗の原因帰属は一朝一夕にできるものではなく、筆者には現段階では背景や原因を断定することはできないが、一つの仮説を持っている。つまり、

仮説:「組織の旧弊が実働部隊を拘束し、現実に対応するための小さな改善さえ容易ではない」

という「警察文化の“呪縛”」の存在を疑っている。仮説を破る有力な原因が見つかればそれを追求すればよい。逆に仮説に妥当性がある場合に、自己改革にも失敗した警察組織(警察庁・各都道府県の警察)は、改めてその警察組織文化の階層まで失敗の原因を探求し、組織改革すべきである。必要ならば外国を含む外部機関の知見を活用すべきである。

ただしそれは時間がかかる。そこで喫緊の課題は、検証報告書の後半(3章~5章)で列挙されている再発防止に直接役立つ施策を実施することである。

● 改善にもかかわらず岸田総理襲撃を許した要因

限定的に開示されている映像情報等から、改善策にもかかわらず岸田総理襲撃を阻止できなかった要因を指摘すると次の通り。

  • (潜在的な)武器保持者の事前の発見ができなかった。
  • 金属探知機等での所持品検査を実施していなかった。
  • ドローン等を利用した高所からの俯瞰的な現場状況の監査がなかった。
  • 「近接探知」等へAI活用が行われなかったか、有効に機能しなかった。
  • 「防護板(壁)」や「退避シェルター」が設置されていなかった。
  • 「演台上の透明防弾衝立」が設置されていなかった。

【疑問点1】
後知恵で恐縮なのだが、映像を見る限り、集合している聴衆の中で、鞄やリュック等を持っている人物は少数である。なぜ制服警官等が持ち物検査をしなかったのであろうか?

【疑問点2】
なぜ接近移動を探知する機器が導入されていないのだろうか?あるいは有効に機能していないのであろうか?

【疑問点3】
あの聴衆の人数ならば、例えば急遽パイプ椅子を設置するだけでも、立ち上がったり接近したりする不審な挙動は一目瞭然だがそれさえできない理由は何なのだろうか?

【疑問点4】
投擲された瞬間、なぜほとんどの人が一方向を向いているのか?

もし爆発設定時間が数秒であれば多数のけが人が出る可能性はあった。ただし今回は投擲された爆発物に気が付いた優秀な警護員がいたので受動的な即応に成功している。これは「警護人数の増加」や「教養訓練強化」の結果であろう。

疑問は尽きないが、総合すれば要するに次の疑問となる。

【最大の疑問】
「昨年8月に警察庁自身が発表した『検証報告書』の対策を講じていれば、今回の岸田総理襲撃事件において、『接近と爆発物の投擲』は未然に防ぐことができたのではないか?」

現場で命を懸けて職責を果たす警護員(若い警察官)の姿と比べるとき、これは組織の上席や為政者たちの不作為に見えるが違うのか。

縷々述べてきたが要するに、総理襲撃の発生を許した深層要因は、「警察組織の文化(旧弊)」にあったのではないかと考える。

● 追加的に検討すべき対策

警察庁自身の改善策に加えて、ぜひ以下の策も検討して頂きたい。

1. 実力人材の抜擢と登用
今は非常時体制と認識し、「今の現場・今の危機」を知る人材を抜擢し責任者に登用のうえ、力を発揮できるよう組織改正する。狙いは、結果を出せる組織体制の確立にある。具体的な危機の想定や計画の盲点指摘ができない責任者や、警護現場に臨場しないような“本部長”などが重層的に君臨していたりしたら、三度目の襲撃も許容しかねない。

2. 警護計画立案時間の確保
要人側も前日に急遽予定を入れたり変更したりしない。また警護側の意見を過不足なく反映し、要人と警察との連絡内容を記録・保存する。狙いは「思惟の時間と量」を増やし、「想定外のケース」を減らすことにある。

3. 国民への警護(強化)方針の周知
選挙演説妨害などは違法行為の疑いもあるが、何より警察の警護活動に悪影響がある。今や日本は「常に要人が狙われており、危機意識と高度な対策を実施すべき」時代になったと国民にも周知し、警察による警護や妨害者や不審者の排除活動の許容度を拡げる時であろう。

責任を明確にせよ

日本の官僚組織は「責任の所在が見えにくい」ことが特徴と言えそうだが、前回警護失敗の責任は曖昧なまま前委員長は岸田内閣改造に伴い退任し、谷公一議員が委員長に就任した(現職)。

谷委員長の就任から二週間後の8月25日、警察庁は警護失敗の要因を調べて検証報告書を公表した。就任後まもなくとは言え、これは現委員長が掌握した後に提出されたものであるのでこの検証とそれに基づく改善の最終責任者は谷委員長であると考える。

ただし、立憲民主党が谷委員長の罷免を迫った「うな丼を最後まで食べるとは危機感も緊張感もないから更迭せよ」という論理展開(※)は全く理解できない。

※ 4月26日参議院本会議、宮口治子(立憲民主・社民)議員の質問

「楽しみにしていたうな丼を最後まで食べた」と発言したとのことです。広島サミットを前にこうした事件に対する危機感も緊張感も感じない人物に、要人警護・警備の責任を担わせて良いのでしょうか?「うな丼大臣」は即刻更迭してください。

(参議院ネット配信から筆者文字起こし)

だが既述の通り筆者なりに考えると責任なしとは思わない。罷免は不要だが、少なくとも、「事件を検証して真に実効性のある再発防止策をとれるような組織改革を断行する責任」は谷国家公安委員長にあると考える。

限定的な開示情報を見る限り、実際に警護にあたる現場組織は、与えられた極めて窮屈な状況の中でよく責務を果たしていた。一方、警察庁の関与を強化しておきながら、その不利な状況を改善できず、更には対策の徹底を指導できなかったのは、組織上層部の指導力の問題であると考える。そしてその組織の最高責任者は谷大臣である。

まとめ

日独伊三国同盟締結を阻止していた山本五十六海軍次官には「斬奸状」など暗殺予告も届き、山本自身は遺書も残していたが、連合艦隊司令長官に任命され中央を去った。その後海軍も三国同盟に賛成にまわり対米開戦に向けて加速したがその責任の所在も曖昧なまま今では海の藻屑である。100年前からテロの脅威で日本の方針というのは揺れ動いてきたが、今再びそうなるのだろうか。

しかしテロの脅威による迷走を阻止するためには、責任所在の曖昧な官僚組織と戦う力が必要なので、できるとしたらやはりあの人だろう。