「石炭火力ゼロ」がバングラデシュの人々の命を奪う

池田 信夫

このツイートの表示が100万回を超えたので、ちょっと補足しておく。

この元になっているツイートは2022年2月4日のもので、まだ存在している。書いたのは清野華那。Friday For Future仙台の活動家で、現在は東北大学4年生である。明るい蛍光灯とエアコンの映っている画像に批判が殺到したため、こういうバージョンも撮り直した。

バングラへの開発援助は打ち切られた

この段ボールデモは、JICA(国際協力機構)の開発援助プロジェクトに反対するものだった。これは外務省の予算1372億円で、バングラデシュのマタバリ地域に出力240万kW(60万kW×4)の超々臨界圧石炭火力発電発電所を建設する計画だった。

バングラでは電力需要が急速に伸びる一方、電力設備が追いつかない。マタバリのプロジェクトはこの状況を改善するため、バングラ政府の要請で始まった開発援助である。JICAと住友商事の事業として、第1期工事では60万kWの石炭火力発電所を2基建設中で、2024年に稼働する予定である。

マタバリの第1期工事(JICA)

しかし2021年のG7サミットでは、排出抑制策がとられていない石炭火力発電に対する政府の新規支援を停止することで合意し、第2期工事が国際的な反対運動のターゲットとなった。

マタバリのように進行中の案件は停止の対象外だったが、小泉環境相が石炭火力からの撤退を打ち出したため、外務省が政治的配慮から援助を打ち切った。2022年6月、住友商事は第2期の入札から撤退を表明した。

バングラでは貧困と停電が続く

この計画に参加していたのは日本だけなので、第2期工事は中止となり、バングラ政府は独力でLNG火力発電所を建設する方針だ。しかしバングラの天然ガスはすでに産出量が減少しており、建設資金の目途も立たない。

JETROによれば、ウクライナ戦争で化石燃料の輸入価格が上がり、外貨準備が急減しているため、バングラ政府は火力発電所の稼働を一部停止し、全国的な計画停電を実施すると発表した。

今後も100~150万kWの電力が不足する見込みで、エリア別に1日当たり1~2時間の計画停電を実施する。2022年10月には全土で停電が起こり、首都ダッカを含む国土の80%で電力が途絶えた。

停電に抗議するデモ(時事)

大事なのはCO2ではなく大気汚染を減らすこと

環境左派の活動家は最近、気候正義という言葉を使うようになった。これは地球温暖化の被害が熱帯の途上国に集中するため、先進国が援助すべきだという主張で、昨年のCOP27でも「損害と賠償」のための基金設立が決まった。

これは大きな前進である。今後100年で2℃程度の温暖化と60cm程度の海面上昇は、先進国では大した問題ではないが、バングラなどの熱帯では深刻な問題である。それを防ぐために緊急に必要なのはインフラ整備なのだ。

マタバリ火力の中止でCO2濃度は何ppm下がり、地球の温度は何度下がるのか。反対派のパンフレットには何も書いてない。そんな効果はないからだ。彼らの批判するのはSOX、NOXなどの大気汚染である。

これは正しい。途上国で問題なのはCO2ではなく、PM2.5である。先進国ではもうSOXやNOXは問題にならないが、バングラでは毎年12万人以上が大気汚染で死亡している。その最大の原因は、電気のない地域で照明や暖房などに使われる薪による室内汚染である。電力は命を救うのだ。

日本の石炭火力は、次の図のように世界一クリーンである。日本の発電所が撤退したら、それよりはるかに大気汚染のひどいバングラの発電所が稼働するだけだ。送電網の貧弱なバングラでは、再エネは使い物にならない。

バングラの地獄への道は活動家の善意で舗装されている

先進国で電力インフラが大きな問題にならないのは、豊かになったからだ。大気汚染よりCO2を気にするのは、先進国では大気汚染はほぼ解決し、残る環境問題は温暖化だけだからだ。

しかし一人当たりGDPが2500ドルのバングラで大事なのは、100年後の気温ではなく、きょうの生活に必要な電力である。途上国で気候正義を実現するために必要なのは、まず豊かになることだ。そのためには、途上国が自力で国土開発を進められる電力などのインフラ整備が重要である。

段ボールデモをやっている活動家は、主観的には「気候正義」を実現しようという善意でやっているのだろうが、その結果は停電と大気汚染である。バングラの人々の地獄への道は、環境活動家の善意で舗装されているのだ。