債務上限問題はリアルなのか、アメリカンエンタテイメントなのか?

1917年に設定したアメリカの債務上限に関する縛りは国の借金は無尽蔵に行ってはいけない、議会がきちんと議論したうえで行うことを示した民主的手段です。それが出来た当時は100年後のことを想定もしていないし、想像もできず、理念先行でありました。いや、この理念はある意味正しく、日本のように債務残高がGDP比226%に比べると123%であるアメリカははるかに健全性を保っているとも言えます。

既に100回以上も議会で議論し、妥結を重ねてきたこの債務上限に関する今年のバトルは6月1日に期限を迎えますが、例年にも増して激しいバトルとなっています。理由は下院を共和党が押さえているため、財政健全化の観点から民主党の「使い放題」は許せないという訳です。

この話でふと思い出したのが欧州債務危機です。ギリシャに端を発した財政破綻の危機に関してドイツ、というよりメルケル前首相が財政健全に非常に厳しい姿勢で臨み、欧州連合の母体である北側諸国と問題を抱える南側諸国との温度差を具現化しました。結局、ドイツを中心とする財政健全派がギリシャに厳しい条件を付加し、ようやく合意に至ったのが顛末で当時のドタバタをまだ記憶している方も多いかと思います。

ジャネット・イエレン長官 SNSより

今回のアメリカの債務上限問題にイエレン財務長官が異様に危機感を示すのは議会における民主党と共和党の双方の隔たりが大きく、現時点ではまったく折り合いがつかない状態にあるからです。下院議長のマッカーシー氏がバイデン大統領と日本時間の10日早朝に会談し解決策を探りました。マッカーシー氏が大統領のコントロール下にある政権の問題だと押し返しをしてほぼ平行線だったと理解しています。大統領もこれが解決できなければどれだけ大混乱になるのかを説くのが精いっぱいだったのでしょう。

まだあと3週間ありますのでこれを「恒例のアメリカンエンタテイメント2023年度版」と見るのか、「今回はいつもと違うぞ」と見るのか、見る視点によってその絵図は変わってきます。

例えばかつて債権取引のキングと言われたビル グロース氏はこんなのは茶番であり、解決するから国債は買いを推奨しています。グロース氏は過去を見た確率論から「アメリカがデフォルトになるわけないだろう」と考えているわけです。

では議会は本当に妥協案で足並みが揃うのでしょうか?マッカーシー下院議長の手腕に疑問符をつける声もあります。また、共和党そのものが一枚岩ではなく、強硬派=財政健全派が妥協を許さないと強く抗議しているのも一因です。つまり、最終的には次期大統領選挙の共和党候補者選びの話に繋がるのですが、右派は誰が主導し、どの勢力が主流なのかという政治ゲームが本質にあります。

同様のゲームは前回の大統領選の際の民主党の大統領候補者の乱立でも見られ、極左から各種人権擁護の候補者から中道までドングリの背比べとも揶揄され、結局、行き過ぎはいけないということでベテランのバイデン氏が推されました。その点では当時はまだアメリカも常識観があったわけです。

が、コロナを経て、物価高になり、情報が錯綜する中で人々の価値観があまりにもバラバラになっているのがアメリカの世相であり、意地っ張りと声の大きさを競うようなそんなナローマインドさが議員の立場を混迷に導ているとも言えます。

ではこの年中行事をアメリカ以外の人たちはどう見ているのか、であります。ウォーレンバフェット氏が日本株に着目した理由の一つはバカげたアメリカにもう投資していられないという怒りではないか、と思うのです。つまりバフェット氏は海外の声を代弁したとも言えなくはありません。

ギャラップ調査によるとパウエル議長の信任度が過去の議長で最低となったと報じられています。そもそもトランプ氏が指名したパウエル氏はバイデン氏も信任したわけですが、共和党議員のパウエル氏への信任度は21%しかないのです。イエレン財務長官の信任度も37%で過去と比べると相当低い水準になっています。

分断するアメリカ、これはエンタテイメントではなくリアルです。それを象徴する債務上限問題はリアルを背景にした迫真に迫る演技では済まされず、「やっちまった」という衝撃をむしろ望んでいる節すら見えるのです。自虐的とも言えます。

6月1日までに合意に至らなければ「テクニカルディフォルト(技術的債務不履行)」であって真の意味でのディフォルトではないから気にすることはない、という意見もあるかもしれません。が、それは世界から見てアメリカの信任が一気に落ちることを意味します。日本はアメリカ国債を世界一保有しています。その日本がアメリカの大統領に「いい加減しろ!」と喝を入れたことは一度もありません。ドルの価値が低落していくことも覚悟しなくてはいけないでしょう。その時、次の基軸通貨の話は必ず出てきます。

長い歴史のアメリカ債務上限問題はいつも一部の議員たちの綱引きゲームでした。今回もそうなのですが、共和党側の綱は細かく解かれ、様々な人がバラバラの主張をし、責任のなすりつけ合いをする、そんな構図を私は強く感じてしまうのです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年5月10日の記事より転載させていただきました。