半導体を巡る新刊本三本一挙読み比べ!

僕はこの10年間、修士学生の授業、Advanced Manufacturingの一部で、Electronic Packagingを担当しています。そこでは、今世の中で話題のナノメータレベルの半導体の製造ではなく、それら半導体をはんだ付けなどで基板に実装する技術、電子実装を教えています。

半導体開発競争をゴールドラッシュに例えると、僕の分野、電子実装はゴールドラッシュでやってくる金を掘る人向けのジーパンやツルハシの開発に似ているように思います。

二ヶ月前の今年3月に、ムーアの法則で有名はゴードン・ムーアさんがお亡くなりになりました。ムーアの法則は物理法則ではなく、かと言ってマーフィーの法則のようなネタでもなく、経験則として「半導体回路の集積密度は1年半~2年で2倍となる」というもので、現在までその法則に沿って集積回路はどんどん高密度化しています。

僕が日立製作所で核燃料の研究をしていた1990年代の世界最速のスパコンよりも、現在のiPhoneの方が演算速度が速いというぐらい、すごい進化を遂げています。

今回は、最近出版された半導体に纏わる新刊本を3冊紹介して、その比較を行うという贅沢な企画です。その3冊の本とその著者の紹介です。著者紹介はアマゾンの著者紹介文もしくはウィキペディアから引用しました。

(1)クリス・ミラー(著)「半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防」

著者のミラー氏は、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院国際歴史学准教授。フィラデルフィアのシンクタンク、FPRI(外交政策研究所)のユーラシア地域所長、ニューヨークおよびロンドンを拠点とするマクロ経済および地政学のコンサルタント会社、グリーンマントルのディレクターでもある。ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、フォーリン・アフェアーズ、フォーリン・ポリシー、アメリカン・インタレストなどに寄稿し、新鮮な視点を提供している気鋭の経済史家。(引用元:amazon

(2)湯之上隆(ゆのがみたかし)(著)「半導体有事」

著者の湯之上氏は、1987年に京大原子核工学修士課程を卒業後、日立製作所、エルピーダメモリ、半導体先端テクノロジーズにて16年半、半導体の微細加工技術開発に従事。日立を退職後、長岡技術科学大学客員教授を兼任しながら同志社大学の専任フェローとして、日本半導体産業が凋落した原因について研究した。現在は、微細加工研究所の所長として、コンサルタントおよび新聞・雑誌記事の執筆を行っている。(引用元:湯之上 隆のプロフィール JBPress

(3)黒田忠広(くろだただひろ)(著)「半導体超進化論 世界を制する技術の未来」

著者の黒田氏は、東京大学 大学院 工学系研究科 電気系工学専攻 教授 兼 システムデザイン研究センター(d.lab)長 IEEEフェロー。電子情報通信学会フェロー。VLSIシンポジウム委員長。東京大学卒業。東芝研究員、慶應義塾大学教授、カリフォルニア大学バークレー校MacKay Professorを歴任。現在東京大学大学院教授。研究センターd.lab長と技術研究組合RaaS理事長を務める。米国電気電子学会と電子情報通信学会のフェロー。半導体のオリンピックと称される国際会議ISSCCで60年間に最も多くの論文を発表した研究者10人に選ばれる。(引用元:amazon

ここから以下が書評です。

まず、クリス・ミラー(著)「半導体戦争」は、アメリカから観た半導体の歴史と1980年代の日本の勃興と衰退、TSMC、サムソン、インテルの三大半導体企業と現在の米中の関係が俯瞰して理解できる、教科書的な本です。

特に日本を米国の人がどのように観ていたのかが、ソニーの森田さんや東京都知事の石原さんなどの人物も登場しながらのお話は興味深く読むことができました。そして現在のまだ誰も到達していない2nmの半導体がどうすればできるのかなど、詳細な国際情勢と技術競争の話は、技術者というよりは、ビジネス関係の方々が読むのにもってこいの本だと思いました。

アメリカでベストセラーになっているので、アメリカの方とビジネスをするときに共通の話題として「あ、その本よみました!」とネタ振りできる便利な本だと思います。

そして、日本の半導体開発に特化した本二冊、

は、共通点は人材育成の大切さです。世界中で半導体エンジニアの争奪戦が起こっているし、日本でのエンジニアは絶対的に不足しています。この分野を魅力的なものにして、半導体関係の大学教育、高等専門学校での専門教育はもちろん、義務教育の段階から半導体分野を「将来なりたい職業」「憧れの職業」としなければいけないということを両者は主張されています。

半導体技術者不足の話は、米国の金属学会でも、この4月に熊本で開催された電子実装の国際会議でも大きく取り上げられていました。

【海外大学生活-90】TSMC進出で話題の熊本で、電子実装国際会議に出席してみた ノギタ教授

しかし、笑ってしまうほど「人材育成」以外の両者の意見は正反対です。例えば、熊本に進出したTSMCは成功するのか? 北海道に建設予定の2nm半導体を目指すラピダスは成功するのか? など。

それは、両者のイノベーションに対する考え方が異なるのか、それとも湯之上さんが企業側の立場から、黒田さんが大学アカデミックの立場からの違いなのかもしれません。イノベーションについて、チャーチルは「悲観主義者は、あらゆる機会のなかに問題を見出す。楽観主義者は、あらゆる問題のなかに機会を見出す」との言葉を残しているらしいですが、湯之上さんは悲観主義、黒田さんは楽観主義のように思えました。

この二冊は、書店で「日本半導体の光と影」としてセット販売すべきです。そして、どちらも読んで対比しながら今後の日本の半導体産業がどうなっていくのかをご自身で予測するのは刺激的だと思います。

ということで、これら新刊本3冊を読み比べることをお勧めします。

動画のノギタ教授は、豪州クイーンズランド大学・機械鉱山工学部内の日本スペリア電子材料製造研究センター(NS CMEM)で教授・センター長を務めています。