G7は中露に「力」の優位性を示せ

世界で唯一の戦争被爆国・日本の広島市で19日から21日まで3日間の日程で先進7カ国首脳会議(G7サミット会議)が開催される。同会議はロシアのウクライナ侵略と中国共産党政権の台湾進攻の危機が高まる最中に開かれるだけに、会議の行方に注目が集まっている。

広島サミットの開催地を視察する岸田首相(2023年5月13日、首相官邸公式サイトから)

岸田文雄首相は自身の選挙区である広島市で開催されるG7に政治生命をかけてその成功のために準備してきた。首相は「広島開催のG7では『核なき世界』を世界に向かってアピールしたい」という希望を度々表明してきた。広島市はその意味で最も説得力のある開催地である点は間違いない。しかし、G7に“現在”求められていることは、誤解を恐れずにいえば、「核なき世界」の実現という掛け声を繰り返すことではなく、核を含む軍事力の優位性を中露に示すことに専心すべきではないか。

国際社会の政治情勢は第2冷戦時代に突入、ロシアのプーチン大統領はウクライナの主権を蹂躙して軍事侵略の暴挙に乗り出し、中国の習近平国家主席の台湾再統合の野望が着実に進展している。そのような中でG7が核の廃絶や平和の合唱を唱えるだけでは十分ではない。国際秩序を破壊するロシアや中国がその覇権的なパワーを誇示している時だ。それに対抗するためには、G7は政治、経済、そして軍事的パワーの優位性を明確に示す必要がある。換言すれば、第1冷戦の終焉後、複合的危機に直面している今日、忘れられてきた「パワー」(力)に基づく政治だ。

欧州連合(EU)の外交政策責任者ジョゼップ・ボレル氏は、「団結だけでは十分ではない。われわれは“パワーの言葉”を学ばなければならない」と述べている。同氏の「力の言葉」(die Spracheder Macht)とは、政治力、経済力、軍事力などで相手より優位にあることを明確な言葉で表現することと解釈できる。

27カ国の加盟国から成るEUでは会議の度に「結束」、「団結」、「連帯」という言葉が加盟国から頻繁に飛び出してきた。重要な議題に対して27カ国が結束することは容易ではないからだ。しかし、その「結束」、「団結」だけでは対ロシア、対中国との戦いには勝利できない。中露に上回る軍事パワーが不可欠となる。

バイデン米大統領はプーチン大統領が昨年2月24日ウクライナ侵攻を始めた直後、「米国はロシアとウクライナの戦争に軍事的関与はしない」と述べている。その結果、プーチン氏にフリーハンドを与えたような状況となってしまった。バイデン氏には、米軍がウクライナ戦争に関与すれば、ロシアとの正面衝突となり、第3次世界大戦が勃発するという危機感があったからだろうが、戦略としては不味かった。バイデン氏は軍事的冒険に乗り出したロシアに対して、米軍のパワー、同盟国の軍事力を明確に示し、ウクライナ侵略には大きな代価を払わざるを得なくなると警告を発すべきだった。外交力も重要だが、パワーの裏付けのない外交は空振りに終わることが多い。

オーストリアのアレクサンダー・シャレンベルク外相は16日、国際会議「決断の時ヨーロッパサミット」で、「プーチン大統領は私たちを白昼夢から目覚めさせ、歴史の中に押し戻した。彼は私たちに世界の出来事を違った見方で見るよう促した」と述べ、「私たちが見ているものはおそらく好ましくはないが、真実の瞬間は役に立ち、それは力の瞬間となる可能性があるからだ」と説明し、「われわれはプーチン氏にある意味で感謝しなければならない。“力の言葉”を学ばなければならないことを教えてくれたからだ」と語っている。

歴史は私たちに教えている。冷戦時代、共産国、独裁国は軍事力で優位にある西側諸国に対して、寛容、対話、平和というソフトな言葉を多用し、デタント(緊張緩和)攻勢をかけた。そのソフト攻勢に騙された西側は代償を払わざるを得なかった。ロナルド・レーガン米大統領(任期1981年~89年)がソ連共産国との冷戦で勝利できたのは、戦略防衛構想(スター・ウォーズ計画)を提示し、米軍の軍事的優位をモスクワに発信したからだ。

同じことが、現在のG7にも言えることだ。プーチン大統領、習近平国家主席、そして北朝鮮の独裁者金正恩総書記の野望を粉砕するためには、G7の結束強化とともに、具体的にはG7の軍事力のパワーアップが急務となる。

米韓両国は4月、「ワシントン宣言」を出し、そこで「米韓の核戦略計画に関する協議体」の新設が盛り込まれた。韓国では目下、北朝鮮の核開発の脅威に直面しているため、米軍の核共有(ニュークリア・シェアリング)論が活発化している。一方、米英豪による新しい安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」が創設されている。同じ価値観を有する同盟国の軍事パワーの共有だ。

G7が中露の軍事的挑戦に対し、力の優位を誇示できれば、広島サミットは岸田首相のいう「歴史的転換期に開催された重要なサミット」となるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。