テレビ局がジャニーズ事務所への「交渉力」を失った理由(中嶋 よしふみ)

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ジャニーズ事務所の「知らなかった」発言を批判できないテレビ局とスポンサーと広告代理店の忖度

上記リンクの前編から続く。

テレビ局がジャニーズ事務所への「交渉力」を失った理由。

テレビ各局はエンタメ、特に男性アイドルのほとんどをジャニーズ事務所に頼った結果、ジャニーズ事務所への発言力を失い、ニュースで扱うことすら出来ない状況になっていた。どうしても扱わざるを得ない場合は稲垣メンバーや山口メンバーといった表現で容疑者という言葉すら避けていた。

企業経営では「売上が取引先一社で全体の二割を超えると危ない」と言われる。その心は大口の取引先から大幅な値引きなど不利な条件を要求された時に断れない、つまり交渉力を失ってしまうからだ。一言で言えば足元を見られてしまう。この話はテレビ各局とジャニーズ事務所の関係にそのまま当てはまる。

そんな状況を避けるためには取引先を分散しましょう、といった話は経営者向けの入門書には必ず書いてある。コンビニ業界でオーナーと本部の間にトラブルが絶えない理由も、フランチャイズオーナーの取引先は二割どころか100%本部であり、本部に逆らえない交渉力の弱さが原因だ。

コンビニに限らずフランチャイズビジネスで本部とオーナーのトラブルは定番と言ってもいいような話で、ビジネス系のニュースでも決して珍しくない。

企業経営のトラブルは決して偶然起きるものではない。トラブルにはそれが起きるだけの構造と必然性がある。筆者が喜多川氏による性加害疑惑を個人的なトラブルやスキャンダルとして見るべきではない、企業の不祥事として見るべきと指摘する理由もここにある。

ジャニーズ事務所 Wikipediaより

オーディション番組がリスク回避につながった可能性?

【3分でわかる】ガバナンスとは?コンプライアンスとの違いと企業がすべきこと
d’s JOURNAL パーソルキャリア株式会社より

ガバナンスは企業統治を意味する。ビジネスの分野ではコーポレートガバナンスとも呼ばれ、適切な経営がなされるための仕組みを指す。企業統治に必要なものが、図の通り法令順守(コンプライアンス)とリスクマネジメント(リスクの管理)だ。

前述の通り取引先を一社に頼る状況は交渉力低下につながるリスクがあり、それを避けるには取引先を増やせばいいと書いた通りだ。本来ならばジャニーズ事務所以外に取引先を拡げるべき所を、むしろ各局は男性アイドルの取引先をジャニーズ事務所に絞り込むという安易な手段を選んだ。交渉力を失うのは当然で、自ら招いた経営判断のミスだ。

もちろん人気のある男性アイドルは極めて希少な存在だ。育成ノウハウがあり、デビュー時点から多数のファンを抱えるジャニーズ事務所のアイドルが重宝されるのは当然だが、それが報道機関としてのリスクにつながった。

例えばテレビ朝日の人気音楽番組「ミュージックステーション」では、以下の通りジャニーズ事務所のタレントがレギュラーのように出演している。

ジャニーズ所属のアーティストがこの番組に出演しなかったのは、1988年以降の総集編を除く1363回中13回

つまり、ジャニーズは『Mステ』のレギュラーなのである。

以前から指摘されているのは、ジャニーズと競合する男性グループがあまり出演しないことだ。LDH(EXILEなど)やK-POPのグループは出演するが、国内のアイドル的な要素を含むグループは姿を見せることはない。

明らかに奇妙なこの状況証拠を生じさせているのは、おそらくテレビ朝日側の“忖度”だ。その端緒は1997年11月14日にDA PUMP(ライジング)が出演した際に、予定されていたKinKi Kidsの出演がキャンセルされたことだと見なされてもいる。

ジャニーズ忖度がなくなる日──JO1、INI、BE:FIRST、Da-iCEが『Mステ』出演する未来

このような状況を避けてリスクを軽減させるために、各局は芸能事務所に任せず自ら男性アイドルの発掘に乗り出しても良かったはずだ。

筆者の世代で言えばテレビ東京のASAYANは「夢のオーディションバラエティ」として、つんく氏や小室哲哉氏のプロデュースでデビューした歌手は次々と大ヒットを飛ばした。いわずもがな、つんくプロデュースのモーニング娘。はASAYAN出身である。

一世代上のオーディション番組ならば1971年から放送を開始した日本テレビの「スター誕生」がある。1983年まで13年も続いたこの人気番組からは、山口百恵やピンクディー、中森明菜など、今となってはレジェンドと言えるような歌手が発掘されている。近年ではラストアイドルやNiziU、IZ*ONE等がオーディション番組を経てデビューした。

どんな番組を放送すべきかなど門外漢の筆者が偉そうに語るつもりは無いが、これらの発掘・オーディション番組は、大企業の下請けから脱出したい中小企業が自社オリジナルの商品を開発することに近い。報道機関のリスクマネジメントとして「取引先を増やす」という意味で当然選択肢に入っていてもおかしくなかったはずだ。

代表者に性加害疑惑のあるジャニーズ事務所を重用しただけでなく、ジャニーズ依存を避けるために手を打ってこなかったのであれば、そしてそれが性加害を加速させたのであれば、各局経営陣の経営責任と言っても過言ではない。

可視化された博報堂の忖度。

電通に次ぐ大手広告代理店、博報堂が発行している「広告」という雑誌がある。広告業界の業界紙といった位置づけだろう。この雑誌で今年3月にジャニーズ事務所に関わるトラブルが起きた。おそらくジャニーズ事務所の一切知らない所で。

批評家の矢野利裕氏は広告の編集長との対談で、ジャニーズ事務所のメディアへの影響力や性犯罪について語ったところ、それが発刊時には削除されていた。

ざっくりとした経緯は、昨年12月、BBCの告発番組前に行われた対談で、矢野氏はジャニーズ事務所に関して上記の内容を語った。対談直後に博報堂の立場上、一部発言は使えないかもしれないと説明があり、説明通り一部の発言は削除・修正された形で一旦原稿は出来上がった。

ただ、その時点でも以下のように影響力という言葉や「ハラスメント」とマイルドに言い替えた形で残っていた。それにも関わらず、3月末に発行された雑誌には以下の個所が矢野氏に断りなく削除されていた。

『囲い込み、独占するようなコントロールをマスメディアに対して影響力を持ってやってきて……。いまの時代はとくに、メディアの独占的なコントロールやハラスメントなどはその問題性を追及されるべきところだと思います。』

削除にあたっては以下のような文面が表示され、削除の判断は博報堂の広報室長が行ったという(削除に至るまでの詳細は割愛)。これらの経緯が矢野氏や編集長から公表されると、忖度が目に見える形で表沙汰になったと一部で話題になった。

『本記事は、ビジネスパートナーであるジャニーズ事務所への配慮の観点から、博報堂広報室長の判断により一部表現を削除しています。』

(参照・引用 「博報堂の雑誌『広告』(2023年3月31日)におけるジャニーズをめぐる対談の「削除」について」2023年3月31日 「博報堂との件、その後の報告」2023年4月17日 矢野利裕氏本人のnoteより)

企業と代理店も共犯者。

博報堂のやり方には呆れるの一言だが、これは「知らなかった」発言の景子氏と同じ立場であることが分かる。知らなかったのではなく見たくなかっただけだ。加えて、この立場はジャニーズ事務所のタレントを広告に採用する企業も、出演する番組にCMを流す企業も同じだ。

BBCによる告発番組が放送され、カウアン氏による告発会見が行われた後、筆者は以下のように見ていた。

これだけ大騒動になってもテレビ各局はこの問題を報じないのでは?
次に事態が大きく動くのはジャニーズ系タレントが出演する番組からスポンサーが降りた時では?

実際は予想が外れてジャニーズ事務所が謝罪動画を公表することになったわけだが、筆者は当初、今回の性加害疑惑にスポンサーは無関係だと勘違いをしていた。実際は高裁で敗訴した後もジャニーズ事務所のタレントを大手企業は広告に採用し、出演番組にCMを流し、それ自体がテレビ局と一体になってジャニーズ事務所と喜多川氏に力を与えていた。

当然、広告やCM放送に強く関与する広告代理店もジャニーズ事務所と強い関わりがある。それが対談の発言削除につながった(堂々と行ったので忖度ではなく正確には「気遣い」かもしれないが)。

全ては「知らなかった」というジャニーズ事務所の、そして社長の景子氏の話を芸能界全体で共有していたことで起きた問題だ。

事実関係が不明なのに犯罪者扱いなんて出来ない、勝手なことを言うな、という批判には、ジャニーズ事務所でなければ性加害の疑惑が出た時点で、高裁で負けた時点で出入り禁止になっていたはず、それをやらなかったことは十分な落ち度である、という回答になる。

「ジャニーズ後」の芸能界。

今後はジャニーズ事務所のタレントが広告出演の機会を失い、出演番組からスポンサーが降りる、これはほぼ確定路線だろう。大手企業は株主からの突き上げを受けた際に対応せざるを得ないからだ。特に外国人株主からは強い要求を受け、過去のスポンサーや広告での採用についても責任追及をされる可能性も高い。

この状況でジャニーズ事務所を庇うメリットはゼロということで、まずは企業が最初に動く。そうなったときにテレビ各局もジャニーズ事務所を重用するメリットが無くなり、テレビからも消える……現状で起こり得る可能性が一番高いのはこの順番だ。他の芸能事務所は男性アイドル市場がガラ空きになることを見越して、スカウトやグループ結成に向けてすでに動き出しているだろう。

ただ、それで話が終わるわけもなく、被害を受けた人は残り、各社とも経営責任を問われることになるだろう。現在はもちろん過去の経営者もだ。景子氏が「知らなかった」では済まないと批判されているように。

今後テレビ各局が喜多川氏の性加害疑惑を真正面から扱うには、今回の記事で触れたように高いハードルが多数ある。過去の経営判断を批判することも含めて、極めて高いハードルを超える必要がある。当然、それでも報道機関として喜多川氏の性加害疑惑を取り上げるべきだ。

このような動きがもっと早く出ていたら、せめて高裁判決が出た20年前に起きていれば、そして各社の歴代経営者の責任はあまりに重い、そう思うのは筆者だけではないだろう。

中嶋 よしふみ  FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
公式サイト https://sharescafe.com
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年5月17日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。