人工知能(AI)が世界の各分野を席巻しだした。生産工程から始まり、オフィスワーク、そして芸術などの創造分野に至るまで、AIが進出しない職業は日増しに少なくなってきた。北欧デンマークのフレデリクセン首相は5月31日、対話型人工知能「チャットGPT」で作成したテキストで議会演説を行ったことで話題になったばかりだ。そして31日の韓国聯合ニュースを読んだとき、「近い将来はジャーナリストも消滅するのではないか」といった思いが湧いてきた。
先ず、5月31日の聯合ニュース日本語版の記事を読んでほしい。
【ソウル聯合ニュース】韓国の情報機関、国家情報院は31日の国会情報委員会で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党総書記)について、睡眠障害を抱えており、体重が145キロ前後あるとの見方を示した。同委員会の与野党幹事が記者会見で伝えた。
国情院によると、北朝鮮当局が海外で不眠症治療薬の情報を集めているという。また外国製たばこや高級な嗜好(しこう)品が大量に持ち込まれることで、金氏のアルコールやニコチンへの依存が高まり、睡眠障害が悪化するという悪循環が起きている可能性があるとみて注視していると説明した。
ここまでは通常の記事だ。問題はその後半だ。
国情院はまた、16日に公開された金氏の現地指導の様子を人工知能(AI)を使って分析した結果、体重が145キロ程度あると予想されると伝えた。また昨年末から金氏の手や腕に引っかき傷があることが確認されており、国情院は『アレルギーやストレスなどが複合的に作用した皮膚炎』と推定しているという
すなわち、上記のニュースの情報源は国家情報院の007(諜報員)が汗をかきながら収集した情報ではなく、AIがこれまでの情報を解析した結果だというのだ。国際記事には「ロイター通信によれば」、「AP通信によれば」で記事が始まる外電が多いが、上記のソウル発の場合、「AI発によれば」ということになるのだ。
AIの強みは何と言ってもそのビッグデータの処理能力だ。人間の能力では処理できない数万、数百万の情報を迅速に処理して、そこから必要な情報を探しだすことが出来る。世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者で、“現代の知の巨人”と呼ばれるイスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏((Yuval Noah Harari)は、「近い将来、ビッグデータは神のような存在となるだろう」と予想していたが、聯合ニュースの「AI発」のニュースを読んでより一層その時が近いことを感じた。
このAI情報が出る前までは、北朝鮮の独裁者金正恩総書記の体重は「130キロ前後」と推定されていた。それをAIは「145キロ」に増えていることを明らかにしたのだ。AIには過去から現在までの北関連情報は全てインプットされているだろうし、顔面認識や心理学などの最新の学術成果も入っているだろう。それらの情報のジャングルから必要な情報を取り出し、「金正恩氏の体重は145キロ」と割り出したのだ。
当方は1990年代、欧州の北朝鮮問題をウオッチしていた時、AI発の記事などはなかった。独自の調査報道の他、北問題専門家や脱北者からの情報がソースだった。ソウル発のAI情報を読んで、「近い将来、北専門家、ウオッチャーといった呼称はなくなるだろう」という寂しさすら感じた。もちろん、北情報だけではない。政治、文化、社会など各分野でも程度の差こそあれ、AIが侵入してくるのはもはや時間の問題だろう。朝起きて読む記事の多くは、「AIによれば……」で溢れるだろう。
参考までに、エジプトのパロ時代、王パロは不思議な夢を見た。胸騒ぎがした王はエジプト中の知者や魔術師に夢の謎解きを聞いたが、夢の意味を解き明かす者は誰もいなかった。そのときヨセフが夢の謎を解明し、飢饉を乗り越えることが出来た。旧約聖書に記述されている話だ。神の霊を持つ聡く賢いヨセフにパロ王は感動したため、ヨセフをエジプト全国の司(現代の総理大臣)にし、全ての権限を与えた。その数千年後、AIが登場し、ビッグデータの解析で能力を発揮し、大統領、神のような存在にまで上り詰める可能性が考えられるのだ。イスラエル歴史学者の預言は決して天才の妄想として一蹴できない。
ところで、韓国国情院はAIに既に新しい課題を提示しているはずだ。金正恩氏の体重ではない。「金正恩総書記はなぜ10歳前後の娘(金ジュエ)を引率しながら弾頭ミサイル発射を視察したり、軍パレートに連れ行くのか」だ。AIは多分、その問いに答えているはずだが、国情院はこれまで公開していない。
弾道ミサイルがまさに発射されるという時、金正恩氏と娘は手を繋いでそれを眺めている。その書割は父親が娘と一緒に見るような風景ではない。それではなぜ金正恩氏はその時、娘を傍に連れてくる必要があったのか。北朝鮮ウオッチャーが現在最も関心があるテーマにAIはどのように答えたのだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。