記事の見出し、タイトルは重要だ。コラムニストの一人としてそれを痛感してきた。一人でも多くの読者に読んでもらうためには、コラムの内容だけではなく、タイトルも読者の関心を呼ぶものでなければならない。
バチカンニュースの9日付の記事(独語版)を読んでいた時、強く心打たれる見出しを見つけた。「Ukraine; Unten die Flut,Oben die Raketen」(ウクライナ・地上は洪水、上からはミサイル)というタイトルだ。現地で救援活動するポーランド出身のピーター・ロソチャツキ神父とのバチカン放送のインタビュー記事だ。
ウクライナ南部へルソン州で今月6日未明、ドニプロ川に設置されたカホフカ水力発電所のダムが破壊され、決壊した。大量の水がダムから周辺の地域に流れ出し、住民が避難しているが、依然、状況は危機的だ。
住居は水に没し、命からがら避難する住民の姿が報じられていた。ダムの決壊、それに伴う大量の放水に直面した住民の多くは「あっという間の事だった」と語っている。ダム周辺の住民はボートなどで移動する以外には避難できない状況が続いている。
そしてダム決壊の翌日もロシア軍のミサイル攻撃が続いた。住民が避難中に、ロシア軍は攻撃を継続しているのだ。救援活動をするボランティアに向けても発砲するという(ロソチャツキ神父の証言)。
ゼレンスキー大統領は慣例のビデオ演説の中で、「住民が命がけで避難している時、ロシア軍は洪水で水浸しとなった地域にミサイル攻撃を加えている。これほどの悪はない」と激しい怒りを爆発し、ロシア軍の非人道的な戦争犯罪を糾弾していた。
バチカンニュースの「地上は洪水、上からはミサイル」という見出しを見た時、ゼレンスキー大統領の怒りを思い出すと共に、ダム周辺の住民の嘆きと叫びが直に伝わってきたのだ。
ここにきてダム決壊がダムの欠損から発生したのではなく、人為的な爆発で発生したという説が有力となってきた。実際、ノルウェーの地震観測所など2、3の観測所が爆発をキャッチしている。このコラム欄でも報道したが、ドニプロ川沿いで水力発電所を運営する国営企業ウクルハイドロエネルゴ関係者は、「発電所の修復は不可能だ。タービン室が内側から爆破され完全に破壊されたためだ」と証言しているのだ(「『ダム破壊』が戦争の武器となる時」2023年6月9日参考)。
不祥事や惨事が発生する度に、ロシア側はその犯行を否定し、全てをウクライナ側、そして西側の仕業とうそぶいてきた。そして今回のダム決壊でも同じだ。ゼレンスキー大統領が激怒したのも理解できる。
ちなみに、ウクライナ大統領府によると、ゼレンスキー大統領は9日、岸田文雄首相と電話会談し、今回のダム決壊について、「侵略者は大規模な人為的、環境的、人道的大惨事を引き起こした。これは意図的なテロ行為であり、ロシアのもう一つの戦争犯罪だ」と強調している。岸田首相はウクライナ国民への連帯を表明し、人道支援を約束すると共に、「来年初めに日本でウクライナ復興に関する会議を開催する用意がある」と改めて確認している。
ウクライナ戦争ではこれまでも類似した出来事、惨事が発生してきた。ロシア軍は軍事関連施設ではない病院にミサイル攻撃を加え、逃げ回る住民を射撃するなどを繰り返してきた。今度のダム決壊で、ロシア軍の戦争犯罪行為に新たな蛮行が加わった。
ウクライナ戦争ではもはや紛争国間の通常の停戦交渉、和平交渉は考えられなくなった。少なくとも、プーチン大統領が生存する限り、停戦交渉はもはや非現実だ。洪水で逃げ惑う住民の地域にミサイル攻撃を続ける指導者に対し、ウクライナ国民だけではなく、世界はもはや交渉の相手にしないだろう。残念ながら、軍事的解決しかロシア側をウクライナから撤退させることができなくなってきたのだ。
ゼレンスキー大統領は10日、ロシア軍が占領しているウクライナ東部、南部への軍の大規模な反転攻勢を開始したことを認めている。戦いはこれまで以上に激しくなることが予想される。
なお、ロイター通信によると、プーチン大統領は9日、隣国ベラルーシで戦術核兵器の貯蔵施設の準備が7月7~8日に整った後、直ちに配備を始めると明らかにしている。
北大西洋条約機構(NATO)の首脳会談が来月11日、12日の両日、リトアニアの首都ビリニュスで開催される。そこではウクライナのNATO加盟問題が大きな議題となる。それに先立ち、プーチン大統領はウクライナを支援するNATO加盟国を威嚇する狙いがあるのだろう。プーチン氏が核兵器をもてあそぶことがないように祈りたい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。