シリアのアラブ連盟復帰の裏側:独裁者アサドの秘密兵器「カプタゴン」とは

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ここのところ、麻薬の「カプタゴン」をめぐる問題が喧しい。世界を驚かせたシリアのアラブ連盟復帰の陰にこの薬物をめぐる問題があったとされるからだ。

まず「カプタゴン」とは何か。60年代に当時の西ドイツで開発された薬物「フェネチリン」の商品名である。80年代後半には多くの国で違法薬物となった。

欧州薬物・薬物依存監視センターによると、ヨーロッパでの市場は新規の供給が途絶えたことで90年代に一旦、縮小に向かったという。一方で近年、中東発の密造・密売ネットワークの拡大により、ヨーロッパの市場も復活しているというのだ。

摂取すると「世界を手中に収めた」ような気分になるという。覚せい剤のような作用があるわけだが、何より問題なのはその安さである。お金のない若者の乱用は無論のこと、武装勢力が戦闘員の戦意高揚のため用いるなどし急速に広がっている。

そのカプタゴンの供給元が、内戦下のシリアである。それゆえシリアを「麻薬国家」「カプタゴン帝国」とさえ呼ぶ向きもある。違法薬物の製造拠点が集中しているのは、アサド政権支配地と分析されており、アサド政権がその元締めであることは間違いない。一大製造拠点のゴラン高原周辺では、ヒズボラが工場の運営などを取り仕切っているとみられる。

シリアの左派政党「人民の意志党」のメディアが公開した記事によると、カプタゴンの密輸は年に160億米ドルもの収益を生み出していると推定されるとのことだ。2020年のシリアのGDPは110億米ドルほどなので、ざっとその10%以上の額を麻薬取引で稼ぎだしている計算となる。周知の通りシリアはアメリカの「シーザー・シリア市民保護法」など数多くの制裁により、正規の方法で外貨を獲得することが困難な状況にある。貴重な外貨獲得の手段になっているのだ。

アサド政権は、カプタゴンを敵対国家、勢力圏に流すことで、それらを揺さぶる道具としている。湾岸の盟主サウジはこれら薬物流入に苦しんでいる国の筆頭格である。なんと若者の約8%が何らかの薬物を使用したことがあるという。

サウジ税関は、去年1月から5月末の半年弱で錠剤18万錠に加え、別の形態の薬物5トンを押収したと伝えた。密輸の方法も、内部に錠剤をぎっしり詰め込んだ家具スクラップ車両を持ち込もうとするなど大胆だ。そしてこの問題が、冒頭で触れたシリアのアラブ連盟復帰に関わってくるのである。

シリアのアラブ連盟復帰の内幕については、多くのメディアが同じ話を伝えている。我が国にも馴染み深いアルジャジーラによれば、カプタゴン流入に苦しむサウジは、シリアに薬物対策の約束をとりつけ、それと引き換えにアラブ連盟への復帰を許したという。

アサド政権は”誠意”を見せるため、シリアのカプタゴン取り引きを取り仕切るマライ・ラムサーンを売ったという見方が濃厚である。彼は「カプタゴン王」または「中東のパブロ・エスコバル」と呼ばれ、長年にわたり、麻薬取引を通じアサド政権の裏金を作ってきた忠臣だ。この哀れなラムサーンはヨルダン空軍の空爆で家族と共に死亡したと報じられた。カプタゴン問題に神経を尖らせる隣国ヨルダンに位置情報を流し、同国空軍が死刑執行役として使われた。

アサドのシリアをやりたい放題にさせておくより、既存の枠組みの中で一定の責任を負わせ、薬物の流通量をコントロールしようというサウジなどの苦渋の決断があったとみられる。ただ、逆にアサド政権に”薬物により相手を思い通りにできた”と成功体験を与えたという見方をすることもできる。アサド政権は今後も、政治情勢により湾岸向けの密輸を減らしたり増やしたりするだろう。

さらに、このカプタゴン問題の背後にはイランの影がちらつく。先ほども触れたようにカプタゴンの製造にはヒズボラが大きな役割を果たしている。イランが介入する紛争といえばイエメン内戦もあげられるが、ここでも親イラン勢力「神の支援者」(通称:フーシ派)が、カプタゴンの密輸・製造に関わっているとみられているのだ。

米政府系メディア「アメリカの声」によると、米海軍は湾岸地域において2021年だけで5億ドル相当の薬物を押収したということである。イエメンのメディアは、フーシ派が若者を中毒者にし、その後戦闘員に仕立て上げるというおぞましいも伝えている。

イランが勢力圏とする、いわゆる「シーアの三日月地帯」は中東の巨大な麻薬地帯となっている。アメリカでは今、フェンタニルの乱用が大問題となっているが、これは中国発の麻薬戦争だという見方がある。中国がその原料をラテンアメリカに流し、メキシコの麻薬カルテルが完成品にしてアメリカ国内に密輸しているというのである。イランもまた、アサドやフーシ派など子飼い勢力を使い麻薬戦争を仕掛けている。