5か国語を喋る能力を傷つけることなく脳手術を成功させたスペイン医師

手術開始前に手術室の外でチームと打ち合わせているビリャルバ医師
エル・パイスより

習得言語はアルメニア語、ロシア語、英語、フランス語、スペイン語

海綿状血管奇形で内出血した女性の脳手術に成功させたのであるが、この女性が5ヶ国を喋るということで、その言語能力を傷つけることなく手術を成功させたという出来事がスペイン紙「エル・パイス」の6月2日付で報じられた。筆者もそれに強い関心をもち、この記事の内容をここに紹介したい。

患者の名前はアニー(36)。彼女がマスターしている言葉はアルメニア語、ロシア語、英語、フランス語そしてスペイン語の5か国語だ。

彼女はアルメニア生まれで、同国はソ連の影響下にあったことからロシア語を学校で覚えた。英語も学校で勉強し、英文学からそれを上達させた。彼女の主人がフランス人ということでフランス語をマスターし、カナダでも生活した経験からフランス語と英語をさらに上達させた。スペイン語は15年前にスペインで住むようになって全く白紙の状態からそれをマスターした。

彼女の語学の上達の秘訣は「それぞれの国の文化と考え方を知ることに強い関心を持っていたこと。そして一つ一つの言語を覚えることに強く魅了されていた」というのが多言語をマスターした動機だと語っている。

海綿状血管奇形腫が言語能力を邪魔し始めていた

彼女自身が身体に異常を感じるようになったのは2018年のことであったそうだ。ミーティングで訳すのに適切な単語が見つからず、また身体も均衡を失う症状に見舞われたというのである。検査の結果、海綿状血管奇形腫を患っていると診断された。

それは左脳の静脈と動脈の奇形による瘤から内出血が発生したもの。それは深さ2.5センチのところに位置しており、内出血が語学とその使用の容易さに悪影響をしていると診断された。問題は一度内出血するとそれが繰り替えされることである。

今年に入って定期健診をしたところ内出血した損傷部が既に拡大しているのが確認された。幼少時に一度内出血されたことも確認されており、2018年の検診でもそれが確認された。このまま放置しておくと3度目の内出血の危険性は非常に高い。

バルセロナのマル病院の担当医の脳神経外科グロリア・ビリャルバ医師は手術の必要性は理解していたが、その損傷の場所は複雑で、そこまで到達するのは容易ではないと診断。しかも、ビリャルバ医師は2-3か国語を操る患者のモニタリングでの手術は経験しているが、5か国語の言語能力を損傷させることなく手術を成功させるのは非常に複雑であると感じていた。

ビリャルバ医師の手術編成チームでは、次のような結論に達した。「海綿状血管腫を剥離し摘出ができるかどうかわからない。そこまで到達するまでの範囲は非常に狭い。もし摘出できない場合は、そのままの状態にしておこう」「(即ち)手術室に入った状態で、そこから出る時も(5カ国の言語能力を)傷つけない状態で出る」という合意に到達した。

また同医師がアニーさんに状況を説明した時に、彼女は「覚えた語学のどれかを喋れなくなると考えると悲しくなる。でも、大事なことは私の命だ」と感じたそうだ。実際、それを放置しておくと脳出血を発生する可能性もあり命に関わる。また彼女が手術を受けることを決心したのは「ビリャルバ医師が『あなたにはこれから先、まだまだ長い年月がある。海綿状血管腫はあなたに問題をもたらすようになる。あなたが私の妹だったら手術を受けるように勧めます』という言葉だった」そうだ。

開頭中、目覚めた状態での6時間の手術

手術は午前9時から開始された。開頭しての覚醒下手術だ。ファン・フェルナンデス麻酔師が麻酔を開始した。皮膚を切り、頭蓋骨を外すまでは全身麻酔で進めた。アニーさんの助けが必要になった時点で彼女が眼を覚して意識を取り戻しておく必要がある。その時は脳の局部麻酔が効果を発揮しておく必要がある。

彼女が目を覚まして意識を回復した時点で画面に出た映像を見ながらそれを5カ国の言語で表現してもらうのだ。脳の各部に刺激を与えながらそれを確認し、脳のどの部分が5か国語の言語能力とその表現の安易さに影響しないかということを確認するのである。

そして、この言語能力に影響しない箇所を顕微鏡下で確認しながら侵入してこの腫瘍を摘出させるのである。言語に関係した脳の部分には該当する言語のミニチュア国旗を置いて行くのである。

途中、手術チームは複雑な場面にも見舞われた。しかも内出血していた影響で、すこしづつ腫瘍を摘出することを余儀なくさせられた。

手術から数日後に共振コントロールで100%腫瘍を摘出できたか確認する必要がある。手術が終了したのは午後3時。6時間の手術であった。

数日後に腫瘍はすべて摘出されたのが確認された。それからひと月が経過した彼女は5か国の言語能力に全く支障がないのというのを彼女自身で確認できた。唯一、喋るのに敏速性が少し欠けているように感じているが、これも時間の問題だと彼女は感じている。退院した時に彼女の子供を見た時に非常に大きくなったと感じたそうだ。

この手術の成功で、彼女はこれまで通りの言語能力を利用して仕事を続けることが約束された。しかも、以前のように通訳の仕事中に不安を感じることもなくだ。