岸田首相は、16日の解散に傾いていたが、最後の段階でブレーキがかかり、今国会中の解散はしないという意向を表明した。
各種の世論調査で支持率の低下が明白になった。とくに、伝えられるところに拠れば、定数465(過半数234)のうち、自民は220(前回261)、公明23(32)、立憲114(96)、維新75(41)という調査結果もあったと言われ、自民党の単独過半数割れが予想されていたということだ。
そもそも、広島サミットの「成功」を土産に解散すれば首相公邸パーティー事件などあって圧勝とはいえなくとも、維新の伸びを最小限にし、公明を減らして立憲民主党を増やすための最高のタイミングだった。
岸田氏にとって最大の脅威は、維新である。なぜなら、立憲民主党は、旧社会党と同じく現実野党とはいえず、自民党の対抗勢力として政権を狙う核にはなりえない。それに対して、維新は大化けする可能性を秘めているからだ。
2017年総選挙で、安倍首相が小池百合子らの希望の党の登場にうろたえて、希望の党を集中的に攻撃し、枝野幸男の立憲民主党をライバルとして利するような発言を繰り返したのに似ている。
あのときは、立憲民主党は候補者の数すら足りず、支持率が高くなっても、小選挙区では候補者が出せてないとか、比例区でも獲得議席だけの候補者がいなくて放棄したような状況だったから、安倍首相の作戦は成功したのである。
ただ、もし、あのときに希望の党が第二党になっていたら、おそらく、憲法改正はできていたと思う。安倍氏は政権維持の為に憲法改正を諦めた形になったし、安倍首相も後に残念がっていた。
今回も、維新の候補者がそろうとか、立憲民主党から離党した松原仁氏に続々と追随者が現れ、埼玉の上田清治氏らとともに維新に加わる可能性があった。
そうなると、野党第一党になることが視野に入るし、次期総選挙では自公連合といえども安閑として折れない状況が予想された。
その意味では、自民党永久政権を維持しようと思えば、立憲民主党の野党第一党からの凋落はまことに困った状況ということになる。
そこで、圧勝できなくても、自公で過半数が維持できればといった気持ちだったのだと思う。
だが、状況はさらに厳しくなったのは、公明党と東京都連の決裂である。
公明党は、小選挙区では、これまで9人の当選者を出していた。関西では、大阪で四人、兵庫で二人、広島、北海道、東京で一人ずつである。このうち、大阪と兵庫では、維新も候補を立てないという形で協力してきた。
次回の総選挙では、衆院選挙区定数の「10増10減」で再編成が行われる愛知県と埼玉、さらに東京で二人目の候補を立てる予定だった。だが、東京で29区と28区から擁立したいという公明に対し、自民党は都連会長の萩生田政調会長の支援者でもある医療法人関係者の候補(元代議士)を28区で擁立することに拘った。
公明党によれば、「自民は当初、28区の候補はいないと説明したので、候補擁立を決定した。だが、後になって自民が別の候補を立てた。そのため、事実上の空白区となっている東京12区、15区を譲る案も提示したが、話がまとまらなかった」のだという。
ところが、自民党の東京都連は断固、これを拒否したので、公明党は、次期総選挙での東京都下のすべての選挙区で自民党候補の推薦を見送るだけでなく、都政での協力も停止することを決めた。
ある計算では、選挙区ごとの公明党比例票がそのまま逃げたら、東京の7選挙区で自民候補は落選となる。
だが、公明支持者は、棄権するのではない。なぜなら、比例区で公明党の候補に投票するために投票するために投票所には行くのだ。そうなったら、この際、自民党にお灸を据えようということになるから、野党に投票する人の方が多いはずだ。
たとえば、萩生田氏には自民党の東京都連会長として公明党と決裂したことへの批判もあり、旧統一教会問題もくすぶり、八王子の選挙区で楽観できない状況にあるなかで、「生物学的女子の保護」「女子トイレを守れ」という運動をしている深田萌絵氏(ITアナリスト)のグループに三万枚の糾弾ビラを撒かれるという一幕もあった。
萩生田氏は馬場伸幸代表に、維新案に沿って修正した案を共同提案したいと申し入れるなど、事態を沈静化するのに動いたのも、宜なるかなだ。
とくに、東京では、維新が大量に候補者を立てるだろうから、公明票の受け皿になりそうだ。
維新は大阪や兵庫で、公明候補が出る選挙区で対立候補を立てるといっている。前回の選挙の時と違って、大阪府議会だけでなく、大阪市議会でも維新は過半数を獲得したので、公明の協力が不要になったからだ。
ただ、公明との関係を後戻り出来ないことにするのは、維新も望まないだろうから、維新がすべての選挙区で候補を擁立しないだろうし、立てない見返りに東京で公明が維新に協力する可能性はおおいにある。というかあうんの呼吸でも自然とそうなるだろう。
となると、東京での自民党の惨敗は不可避であるし、公明党の自民への悪印象は全国的に波及するから、公明がよい印象をもっていない保守系の候補を中心に、世論調査以上の影響があり、自公でも過半数割れもあり得る情勢だった。
これでは、先に行けば、見通しがあるわけでないが、とりあえず、解散を延期せざるを得なかった。
自民党支持者、とくに保守派は、議席数に比して政策的に公明党に引っ張られすぎだと思っている人がいるが、これは勘違いである。そもそも、議席数が問題なのではない。自民党が選挙で公明に貸をきちんとつくったら政策では立場が強くなるが、借りの方が多いから逆になるだけである。
現状では、自公の選挙協力で、自民から公明に流している票より、公明から自民がもらっている票のほうが明らかに多い。とくに東京などではそうだ。それでは、政策で公明党に譲歩せざるをえないのは当然だ。
どうしてそうなのかというと、公明党は支持者に対し、公明党でなくても協力している党や政治家に投票してくれと頼むことができる。
また、どの程度、票を回すかと言うこともある程度コントロールできる。一方、それに対して、自民党はそれができないからなのであるということのメカニズムは、「日本の政治「解体新書」:世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱」(小学館新書)で詳しく説明した。
公明との連立を解消して維新と組めばいいという人も自民党にいるが、野党第一党になることが射程内に入った維新にとって、メリットがない。
自民党が連立を解消したら、維新・公明・国民に立憲民主党の穏健派や自民党の一部も合流するのは比較的容易なのではないか。希望の党+公明党だからかなり強い。それこそ、保守派にとって最大の悪夢のような気がするのだがどうだろうか。
本稿では、触れなかったが、自公の対立の影には、LGBT問題がある。これについてはさらに、「民族と国家の5000年史~文明の盛衰と戦略的思考がわかる」(扶桑社)でも、根本問題は何かについて触れているが、あらためて近いうちに紹介したい。