米中共同「ウクライナ和平案」とは

ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、早15カ月が過ぎた。ウクライナ側は軍の反転攻勢を推進し、ロシア軍の占領地の奪還に乗り出している。一方、ロシア側は士気の高いウクライナ軍との通常戦闘では不利と判断したプーチン大統領が戦略核兵器を同盟国ベラルーシに転送し、そこに配置することでウクライナばかりか、それを支援する北大西洋条約機構(NATO)加盟国に圧力を行使してきた。

アフリカの和平使節団と共に記者会見に応じるウクライナのゼレンスキー大統領(2023年6月16日、キーウで、ウクライナ大統領府公式サイトから)

同時に、世界経済に多大な影響を与えているウクライナ戦争の停戦、和平を求める声が高まってきている。これまでトルコ、イスラエル、中国、バチカンなどがそれぞれ和平案を懐に入れて紛争国ウクライナとロシアに働きかけてきた。

最も新しい和平案はアフリカ7カ国の首脳によるものだが、キーウとモスクワからの報道によると大きな成果がなく終わったという。

7カ国首脳は16日、先ずキーウを訪問し、17日にモスクワ入りして、和平を呼び掛けたが、ゼレンスキー大統領からは、「ロシア側が占領地から撤退することが前提」と指摘される一方、プーチン大統領はサンクトペテルブルクで7カ国のアフリカからの和平使節団と会合した際、「ウクライナが戦闘を仕掛けてきたのだ」といつものように同大統領のナラティブ(物語)を繰り返し、全ての責任はウクライナとそれを支援する西側諸国にあると主張している。

ちなみに、アフリカがウクライナ戦争の仲介の乗り出した背景には、ウクライナからの食糧、ロシアからの肥料などが紛争の影響を受けて届かなくなったり、量が減少して国民の生活に影響が出ていることがある。すなわち、ウクライナ戦争が早急に停戦しないと、アフリカ諸国が困るというわけだ。もちろん、アフリカ連合(AU)の政治的影響力の拡大という外交的狙いもあったが、最大の理由は前者の方だ。

トルコのエルドアン大統領の調停工作は黒海経由の食糧輸送を紛争国に認めさせるなどの一定の成果はあったが、停戦や和平には至っていない。イスラエルの和平外交にはこれまで目に見える成果がない一方、バチカンの和平交渉は掛け声のわりに成果がない。バチカンが和平調停でモスクワを最初に訪問し、その後キーウを訪問するという話が伝わると、キーウ側から「バチカンは最初にキーウを訪問し、我々の見解を聞いた後、それをモスクワに伝えるべきだ」と説明されている有様だ。

バチカンの和平への動きについて、少し説明する。ロシアで無神論を国是とした共産革命が起きた1917年以降、バチカン側にはロシアの神への改宗、ロシア国民の信仰の復活こそ世界平和を実現するうえで最大の課題という意識を持ってきた。参考までに、聖母マリアのファティマ(ポルトガルの小村)の再臨とその際の3大預言の話は有名だが、その第2預言は「ロシアに対する特別な信仰とその国の改心が平和をもたらす」というものだった。

現実的には、プーチン大統領のロシアが神に悔い改めて、国民が神への信仰を回復すれば、ウクライナ戦争も自然に終わるという事だろうか。ロシアの改心のカギを握っているのはロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教キリル1世だろう。そのため、フランシスコ教皇は過去、キリル1世との会談を希望してきた。バチカンにとって、ウクライナ戦争も神の摂理の中で起きた出来事という認識があるはずだ。

中国共産党政権の12項目和平案は依然テーブルの上にあるが、モスクワからは「北京政府の努力を評価する」という外交辞令のほか、これまでのところ実質的な返答はない。中国の和平案の第1項目には「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」と明記されている。ウクライナの主権を蹂躙しているプーチン氏にとって耳が痛い内容だ。しかし、中国側の仲介をあっさり蹴っ飛ばすことはできないので、これまであいまいな対応で終始してきた。

ウクライナ戦争がさらに長期化し、多くの犠牲者が出てくると、新たな和平案や仲介者が出てくることは排除できない。上記で国連を仲介者リストに入れなかったのは、紛争国ロシアが国連安保理常任理事国である限り、仲介者としての資格がないからだ。

それではもはや新たな仲介者候補はいないのだろうか。いるのだ。米国と中国両国が仲介に出ることだ。米国はウクライナを支援し、中国はロシアを援助してきた。すなわち、ウクライナにとって米国は最大の支援国であり、ロシアにとって中国は経済支援、武器支援が期待される国だ。米国も中国も紛争国に影響力を有しているから、米中両国が合意のもとで提示した和平案がテーブルに乗った場合、ロシアもウクライナも深刻に考えざるを得ないのだ。

なお、ブリンケン米国務長官は18日午前、北京入り、中国の秦剛国務委員兼外相と会談した。「バイデン政権下での閣僚訪中は初めて。国務長官の訪中も約5年ぶりで、緊張が続く米中関係の安定を模索し、意思疎通ルートの確立を目指す」(時事通信)。

ブリンケン国務長官は緊迫している米中間の対話促進が最大の狙いだろうが、ひょっとしたら、米中は舞台裏でウクライナ和平案を作成しているのではないか。和平案の作成は容易ではないが、「人道的理由」を前面に出す一方、米中の政治的影響力を行使したアメとムチが混ざった内容になるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。