ローマ教皇フランシスコはロシア軍がウクライナに侵攻して以来、ロシアとウクライナ両国の戦争の早期終結と和平を願い、さまざまな外交ルートを通じて仲介してきた。同教皇はキーウとモスクワの訪問に意欲を示してきたが、6月に入り腸ヘルニアの手術を受けるなど、高齢による体調不良などでまだ実現していない。
そこでイタリア教会司教会議議長のマテオ・ズッピ枢機卿が教皇特使として6月6日にキーウを2日間訪問し、ゼレンスキー大統領と会談、6月29日にはモスクワでロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教キリル1世と会談したばかりだ。
ズッピ枢機卿はフランシスコ教皇からウクライナ戦争の和平実現の道を模索してほしいという委託を受けて、ウクライナとロシアを訪問してきた。ちなみに、ズッピ枢機卿は長年の平和活動家であり、経験豊富な外交官として知られている。
ズッピ枢機卿はキーウ訪問を、「和平計画について話し合うための使命ではなく、まずはウクライナ戦争の現実を間近で理解することを目的としていた」と説明していた。同枢機卿は6月5日、キーウ近郊のブチャ市を訪問した。ロシア軍は2022年4月初旬、約400人の民間人を殺害した場所だ。ロシア軍の「ブチャ虐殺」として知られている場所だ。
同枢機卿はウクライナの宗教代表と会談し、「ウクライナ国民がロシア軍の攻撃を受けて残酷な苦しみを体験している姿を直接目撃したことは、バチカンが公正かつ永続的な平和を実現するための方策を模索するうえで大いに役立つだろう」と述べている。同訪問にはバチカン国務省職員が随伴していた。
ただし、ウクライナのセレンスキー大統領は5月13日、ローマ訪問中、フランシスコ教皇と直接会談している。その際、同大統領はウクライナ戦争におけるバチカンの調停は不必要なこと、如何なる停戦交渉をも現時点では信じていないことを明らかにした。そのためバチカンは、ズッピ枢機卿は仲介者ではなく、モスクワとキーウ間の硬化を緩和し、「公正な平和」の土壌を整え、人道的取り組みを開始したいと考えているわけだ(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。
次に、ズッピ枢機卿は先月28日から3日間の日程でモスクワを訪問した。そして29日、ロシア正教会最高指導者モスクワ総主教キリル1世と会見した。モスクワ総主教庁での会談には、バチカン教皇庁のジョバンニ・ダニエッロ公使とキリル1世の広報担当(外相相当)のヴォロコラムスク首都圏アントニー府主教も参加した。
ロシアのメディアによると、キリル1世はズッピ枢機卿の訪問に「満足」したという。「教皇があなたをモスクワに派遣してくださったことに感謝する」と語った。地元メディアによると、ボローニャ大司教でもあるズッピ枢機卿はキリル1世をボローニャ訪問に招待したという。
キリル1世にとって、戦争が始まって以来、ローマ教皇の直接の代表者との会談は初めて。アントニー府主教は5月初め、ローマで教皇の一般謁見に参加し、教皇と数言の言葉を交わしている。
キリル1世はウクライナ戦争勃発後、プーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説するなど、同1世は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。
キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた経緯がある(「キリル1世の『ルースキー・ミール』」2022年4月25日参考)。
教皇特使はまた、プーチン大統領の外交政策顧問の1人、元駐米モスクワ大使のユーリ・ウシャコフ氏とも会談した。バチカン関係者によると、テーマは人道的取り組みについてだったと発表。一方、クレムリン側は29日、「会議では具体的な合意はなかった」と指摘した。
なお、プーチン大統領のドミトリー・ペスコフ報道官は、「危機の平和的解決に向けたバチカンの努力と取り組みに非常に感謝している。ウクライナでの武力紛争の終結を支援する教皇の意欲を歓迎する」と強調した
同枢機卿は29日夕方、モスクワのカトリック大聖堂で礼拝を行い、ロシアの信者たちを前に「フランシスコ教皇の挨拶と祈り」を伝えた。ズッピ枢機卿は説教の中で、「フランシスコ教皇は早く平和が訪れるようあらゆる努力をしている」と語った。ズッピ枢機卿は30日午後(現地時間)にローマに戻る予定だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。