中国共産党政権は1日、改正「反スパイ法」を施行した。「反スパイ法」は2014年、習近平国家主席の就任1年後に制定された。そして今年4月に改正法が成立したばかりだ。改正「反スパイ法」の施行について、欧米各国から早くも懸念の声が出ている。同法の適応範囲が拡大され、関連機関の国家安全当局の権限はこれまで以上に強化されることから、同改正法が恣意的に適用、政治的に利用されるケースが増えるのではないかという心配だ。
北京発時事によると、「改正法はスパイ行為の定義について、従来の『国家機密の提供』に加え、『国家安全や利益に関わる文書、データ、資料、物品』の窃取や買収を新たに対象とした。『国家安全や利益』に関する具体的な説明はなく、当局の解釈次第で『スパイ行為』と認定されるリスクが高まった。『その他のスパイ活動』というあいまいな項目も、引き続き明記されている」というのだ。
中国市場に進出している欧米企業の関係者は改正「反スパイ法」で拘束される事態が予想される。最近でも中国進出の日本企業関係者がスパイ容疑で拘束されている。林芳正外相は30日の記者会見で、日本大使館員が14日に拘束中の日本人男性と面会して健康状態に問題がないことを確認したと説明したが、拘束理由はなお不明のままだという。
松野博一官房長官は30日の記者会見で、7月1日施行の改正法について「中国側に説明を求めるとともに、執行や司法プロセスにおける透明性の確保を求めていく」と述べた。米国家防諜安全保障センター(NCSC)は30日、「新法により中国政府は中国にある米国企業が保有するデータへのアクセスと管理のための法的根拠が拡大される」と警告している。
時事通信によると、警視庁は先月15日、研究情報を中国企業に漏えいしたとして、国立研究開発法人「産業技術総合研究所」の中国籍研究員を逮捕した。自民党内には中国への対抗策として、日本でもスパイを取り締まるための法整備を急ぐべきだとの主張があるという。
なぜわが国には外国人スパイを取り締まる「スパイ防止法」がないのか。日本の場合、外国人スパイは逮捕されたとしても、外交官の特権などを利用してせいぜい国外追放されるだけだ。日本に「スパイ防止法」が施行されていたならば、逮捕した外国人スパイに厳しい刑罰を科すことが出来るから、スパイも不用意な言動は出来ない。スパイ活動は国家の機密、安全保全を脅かす行為だ。主権国家ならばどの国でも厳しい法体制を敷いている。
日本では野党、そしてメディア機関は「スパイ防止法」が施行されれば、国家の統制が強化され、自由な言論活動などが阻害され、人権も蹂躙されると叫び、強く反対してきた経緯がある。そのため、日本ではこれまで「スパイ防止法」が施行されず、不正競争防止法や外国為替及び外国貿易法(外為法)で対応してきた。外国人スパイにとっては、日本でほぼフリーハンドでスパイ活動できるわけだ。日本を「スパイ天国」と揶揄される所以だ。
ところで、スパイ活動の取り締まりの強化に乗り出しているのは中国共産党政権だけではない。ロシアのプーチン大統領は今年2月28日、モスクワで開かれたロシア連邦保安局(FSB)幹部会拡大会議で、「ロシアの社会を分裂、破壊しようとする違法行為を摘発すべきだ」と訓示し、国内の諜報機関FSBに対し、西側のスパイ活動への対策強化を求めた。
実際、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの記者が今年3月30日、FSBにスパイ容疑をかけられ、拘束された。米メディアの記者がロシアにおいてスパイ容疑で拘束されたのは冷戦後で初めてだ。インタファクスによると、FSBは「米国政府の利益のために、機密情報を入手しようとしていた」とスパイ行為の疑いを主張した。プーチン大統領はプリゴジン反乱の背後には欧米情報機関の関与があったとして、これまで以上に外国人に対して監視体制を強化するはずだ。
中国共産党政権がスパイ関連法を強化し、ロシアも外国への監視強化、スパイ摘発を強化していることに日本が懸念を表明することはいいが、それ以上に急務なことは、繰り返すが、日本でもスパイを取り締まる「スパイ防止法」を早急に施行することだ。野党やメディアの反対のために「普通の国家」として当然の「スパイ防止法」が施行できないとすれば、残念ながら岸田文雄首相は落第だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。