先月、産業技術研究所に所属する中国人研究者が逮捕される事件が起きた。研究所が保有する技術情報を中国に持ち出したというのだが、技術情報を元に中国で特許が出願されたのを「中国企業に特許を「横取り」された」と表現した記事が気になった。
秘密性を基準に技術情報は分類できる。学会等を通じて公開される秘密性のない情報と、ノウハウとして組織内に秘匿される情報を左右に置くと、特許に関わる情報は公開情報に近い位置にある。
不思議に思うかもしれないが、技術を公開することで技術のさらなる発展を促す代償に、期限を付けてその技術の独占を認めるのが特許制度だからだ。そのうえ、独占権が行使できるのは、特許権を取得した国に限られる。「横取り」された中国特許が成立したとしても、独占権を行使できるのは中国国内だけだ。仮にわが国に国際出願されても、特許権を与えなければよい。
特許出願情報は多くの国で出願後18か月たつと公開されるようになっている。公開されれば誰でも閲覧できる。これでは技術の秘密は守られない。そこで、公にすることで国家・国⺠の安全を損なう事態が起きる恐れが⼤きい発明に限定して、出願公開等の⼿続を留保する制度ができた。2022年に成立した「経済安全保障推進法」に基づく、秘密特許制度がそれである。
しかし、秘密特許として扱ったとしても、その発明が行われた組織から人を介して技術情報が洩れているのでは意味がない。公開しても構わない技術情報以外に対しては、安全管理措置が必要になる。
多摩大学のルール形成戦略研究所・技術安全保障研究会は2018年に「諸外国並みの技術安全保障体制の構築を~技術保護とサイバーセキュリティが急務~」と題する提言を発表し、経済安全保障推進法制定への機運盛り上げに貢献した。
提言は「セキュリティ・クリアランス制度の導入」を求めた。「米国に倣った個人レベルのクリアランス制度を導入し、安全保障上機微に触れる技術の製品の開発にあたっては政府として技術者の適格性保証を行う。」というものだ。産業技術総合研究所の事件はクリアランス制度があれば防止できた可能性がある。同研究所も再発防止策として「適格性審査の更なる強化」を行うとしている。
他の研究開発機関も、クリアランス制度によって技術情報に接触できる人を制限する、サイバー攻撃への耐性を高める等の、安全管理措置を強化するのがよい。それが、第二、第三の流出を防ぐ方策である。
情報通信政策フォーラム(ICPF)では、7月25日に、技術安全保障研究会で座長を務められた玉井克哉東京大学教授に「秘密特許制度と技術安全保障」と題して講演いただくことにした。ぜひ、ご参加ください。