日本再生への道:“知の大循環”をどう構築するか②

畑 恵

今年5月に開催された「ジャパン・ビジョン・フォーラム(JVF)」の模様をお伝えするシリーズ、2回目の今回はノーベル賞受賞者で日本学術会議会長の梶田隆章先生と宇宙物理学者の村山斉先生による基調講演です。

お二人には既にJVFで2019年と昨年にご講演いただいていますが、日本再生のため「知の基盤」への投資促進や、「知の大循環」システムの再構築が必須という私の考えに賛同して下さり、その活動母体である「Nippon フェニックス・プロジェクト」のブレーンストーミングにも度々参加して下さっています。

今回の基調講演も、昨年の8月4日に行われた「フェニックス・プロジェクト」でのキーノートを収録したものですが、梶田先生は日本学術会議の在り方について政府との息詰まる交渉が続く最中、一方の村山先生は米国在住のため日本滞在中はいつも分刻みという日程を割いて、それぞれ毎回深夜まで議論にお付き合い下さいました。

基調講演のテーマは「“知の基盤”の重要性と課題」。

梶田隆章氏
出典:東京大学 宇宙線研究所

梶田先生は「知の基盤投資の有効性の周知について」という表題でお話し下さいました。

先生はまず、純粋な科学的好奇心に突き動かされ発展した素粒子物理学から、今や世界の破壊的イノベーションの3分の1が生み出されていることを指摘。

その上で、政府の改革方針を受けて研究者が効率性やすぐ役に立つことを求められた結果、独創性や活力を失い、“負のスパイラル”に陥って研究力低下が生じている日本の研究実態について、一研究者の立場から肌感覚で述べられました。

特に、先進諸国と比較して元々きわめて低い修士課程進学者や修士号取得者が、大学改革による研究環境の悪化を受け、この30年間でほぼ“半減”していることに深い憂慮を示されました。

修士課程での減少傾向は博士課程も同様で、一昨年には人口が日本の半分に満たない韓国にも、自然科学系の博士号取得者数で追い抜かれました。

日本人の多くが認識していないことですが、日本は先進国の中で修士および博士課程への進学率がとても低い国なのです。

例えば、100万人当たりの博士号取得者数を比較すると、日本は120人(2019年度)ですが、アメリカは281人(18年)、イギリスは313人(20年)、ドイツは315人(20年)と、他の先進諸国とは大きな開きがあります(文部科学省 科学技術・学術政策研究所『科学技術指標2022』)。

梶田先生は、こうした状況を変えるには、少し立ち止まって基本に立ち帰り

  • 研究は楽しい
  • 教育は国家百年の計
  • もっと知力へ投資すべし

ということを広く世の中に呼びかけ、世論形成を行うことが重要と指摘され、若者が将来に希望を持ち変化や挑戦を前向きにとらえられるよう、日本のシステムやマインドを切り替えるべきと述べられました。

村山斉氏

続いては村山斉先生からの講演で、表題は「日本を救う基礎学問」。

基礎学問がいかに世の中の役に立ち、とりわけ日本の発展に欠くべからざる存在であったかを、数多くの事例とともに簡潔に分かりやすく論じて下さいました。

話の導入はアップルの創業者・スティーブ・ジョブズの次の言葉。

「人の心を動かすイノベーションは、テクノロジーとリベラルアーツの交差点から生まれる」

リベラルアーツとは、職業や専門に直接結びつかない教養、つまり基礎学問を意味します。

ジョブズの言葉通り数多くの破壊的イノベーションが、すぐには人の役に立ちそうもない基礎学問から生まれています。

放射線への興味からレントゲンやCTスキャンが生まれたことや、金属をどこまで低音で冷やせるか研究者が競っていたところ、冷却が進むとやがて電気抵抗がなくなるという“超伝導”現象を発見し、それがMRIやリニア新幹線を生んだこと。

素粒子物理学者同士の連絡ツールとしてHTML (Hyper Text Markup Language)が生まれ、それがインターネットのウェッブ(www)に発展したこと、純粋数学の素因数分解なくして暗号技術は存在しなかったことなどなど、数多くの興味深い事例をあげながら、村山先生は「真のブレークスルーは基礎学問からしか生まれない」ことを強調されました。

話題はそこから日本へと移ります。

天然資源にまったく恵まれず、国土の7割が山で耕地も少ない日本が、なぜかくも成功をおさめたのか、先生は解き起こします。

わずか150年前まで鎖国をしていた日本が、なぜ西欧列強に植民地化されず、急速に近代化できたのか。

その謎を解く鍵は、西洋の文明や学問を驚異的なスピードと的確さで吸収、理解、応用できた日本人の知的基盤にあり、それを築いたのは「基礎学問」であると村山先生は語ります。

資源のない日本は「頭脳」で勝ってきたこと、基礎学問や文化が日本を創り、その優位性を生み出してきたこと。

こうした日本の強みや成功要因を理解しなければ、今後の成功を作り出す政策は生まれないと、村山先生は指摘します。

基調講演最後のスライドは、OECD調べの「政府資金による研究開発出費のGDP比」。この各国比で日本は22位。

「日本の強みや勝負どころは、頭脳であり科学技術力」という歴史に刻まれた事実を、政府や国民が正しく理解しさえすれば、教育や研究開発に国が投じる予算額はもっともっと拡大して然るべきです。

そのためには、JVFでもフェニックス・プロジェクトでも、「知力」による日本再生のムーブメントを起こせるよう頑張らねばと思いますが、第一にはやはり日本のジャーナリズムがそうした機運を起こすよう本気で努力し連帯すべきでしょう。

さて次回のブログでは、知の基盤からシーズを生み出し、それをイノベーションにつなげてベネフィットを生み出し、そこからまた知の基盤へと投資がなされる「知の大循環」を、いかに作り出すかを議論したパネルディスカッションの模様をご紹介します。

90分以上に亘る白熱したパネルとなりましたが、もっと長く聴いていたかったという声を来場者から多数いただきましたので、どうぞお楽しみに…


編集部より:この記事は、畑恵氏のブログ 2023年7月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は畑恵オフィシャルブログをご覧ください。