山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読まれた方はどれぐらいいらっしゃるでしょうか?700万部売ったこの小説は昭和の日本企業文化の一端を非常に上手に描いています。事の発端は「国民航空」で労働組合委員長を務めた主人公、恩地元がストを実施し、会社に強硬な姿勢を貫いたことでその後、閑職に追いやられ、サラリーマン人生を脇役で終わらせる話ですが、この小説には実在するモデルがあるとされます。国民航空は日本航空を模しています。
ストを強行するのは日本では労使のもめごと以上に消費者、顧客による会社へのダメージが極めて強いことから忌み嫌われてきました。一定年齢以上の方でなければ「スト」が何を意味するのか、何が起きるのか、ハチマキをするのか、職場にいてはいけないのか、などイロハそのものを知らないでしょう。
一方、海外ではストは頻繁に起きています。カナダではストは当たり前。つい数週間前には当地BC州の港湾労働者がストライキを張り、約2週間に渡り国際輸送が滞る事態になりました。一旦仮妥結したもののその後、再度紛糾、違法なスト再突入の事前通告があり、さすが連邦政府も「これはいかん!」と思ったのでしょう。トルドー首相ら政権が介入し、スト突入を回避したばかりです。私どもも輸入商材の船便到着待ちだったのですが2週間遅れぐらいになりそうです。でも、社会一般、誰も怒ってないように思えます。
セブンアイホールディングスがそごう西武の売却に苦戦しています。最大のネックは売却後に入居予定のヨドバシカメラに対する抵抗であり、そごう西武の労組のみならず、関連する西武鉄道、豊島区、地元地域との調和もとれないのです。ここにきてヨドバシが若干の条件譲歩をしていますが、労組はスト権を確立、高際みゆき豊島区長は一部報道の「売却が9月にも実施される見込み」という内容に売却計画は6月の前回会合と大きな違いはないと指摘し、「売却計画が決着に向けて動き出したとの一部報道に対し『ちょっと違う、という印象を持った』と指摘した」(産経)とあります。
何がそこまでぎくしゃくさせているのでしょうか?個人的にはステークホールダーは誰なのか、という原点の議論がセブン側に抜け落ちているのだと感じます。一般的に見られる企業売買では売却後は「あとは買った人の責任」というスタンスは今の時代、手落ちで無責任だし、ディール至上主義と指摘されるでしょう。私が本件についてセブンのことを手厳しく申し上げるのは「自分勝手な酷い会社だなぁ」という印象をぬぐえないからです。
90年代に担当するシアトル郊外にあるゴルフ場事業を売却することになりました。私は現地法人のNo2でした。トップはバンクーバーの上司で、いよいよ従業員への売却発表と解雇通告をする時が来ました。彼は「俺は刺されたくない。だからお前、一人で行け」といいます。私はシアトル郊外のゴルフ場に出向き、巨大なクラブハウスと催事場、レストランを含め、100人近い従業員をホールに集め、売却と全従業員の解雇の通告をしました。
マイク越しにこれまでの支援のお礼と同時に全ての従業員への雇用の道筋を明白に提示しました。それは後ろに控えていた買い手による従業員引継ぎであります。また今後は新しいボスのもと、業務に勤しんでいただくだろうが、希望と未来がある仕事になるはずだ、とエールを送りました。スピーチの終わりには大喝采でした。バンクーバーに戻ったら上司が「お前、刺されなかったのか」と本気で聞いてきたのには思わず苦笑いです。セブンの経営陣は私のこの元上司にそっくりなのです。
主義主張が激しくぶつかるのはセブンだけではありません。ビッグモーターも同根の部分があります。それは経営側の極端な儲け主義、効率主義に対して従業員が混乱し、常軌を逸する行動に出るのです。その背景は複雑でこのブログで数行では言い表せません。ただ、確実に言えるのはコミュニケーション方法がリアルから無味乾燥な文書や正確性に欠けるSNSが主体となっていることです。ここに双方の行き違いが生まれてしまっているのだとみています。
そごう西武の従業員は自分の仕事にプライドを持って顧客と接しています。服飾でも宝飾品でも総菜売り場でも同じです。それは会社のオーナーが誰かという話ではなく、従業員一人ひとりが丁寧に顧客の笑顔を毎日見ることにやりがいを持ってきたのです。ヨドバシになればそれがどうなるのか、指し示していません。少なくとも一般的な家電量販店の従業員が笑顔接客というイメージはなく、モニターする上司からイヤホン越しに厳しい指令が飛ぶという感じです。ビッグモーターに似ています。本当にお勧めの商品なのか、会社から利益率の良いこれを買ってもらえるように誘導せよ、と言われているのかは販売員の顔を見ればわかるものなのです。
冒頭の小説「沈まぬ太陽」の主人公、恩地さんも会社の整備部門を強化したい、労働環境を改善したいという強い思いを経営陣にぶつけますが、会社側の非情な対応にやむを得ず、ストの選択を推し進めました。労使交渉の失敗が全ての始まりとなり、航空機墜落事故の遠因にもなる、という話です。
仕事とは何か、労使関係とは何か、コミュニケーションはどうとるべきか、様々な課題が浮き彫りになってきた、そんな気がします。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年7月28日の記事より転載させていただきました。