50階建、全780室の超大型コンドミニアムが違法建築に
日本ではほとんど話題になってないが、バンコクでは三井不動産と現地デベロッパーのアナンダの共同事業会社である「アナンダ・三井不動産・アジア・アソークカンパニー」(出資比率:アナンダ51%、三井不動産49%、以下デベロッパー)が開発した50階建の大型プロジェクト、「アシュトンアソーク」がタイの最高裁から当初の建築許可を取り消されてしまい、連日大きな話題になっている。
そもそも何が原因かというと、タイでは床面積が30,000㎡を超える大型プロジェクトになると、その敷地が出入口として幅員18メートル以上の道路に幅12メートル以上接道していることが義務付けられているのだが、このプロジェクトの敷地には当初それがなかった。
そこでデベロッパーは隣のMRTA(タイ大量高速輸送公社)が地下鉄駅建設のために収容していた土地の一部を、当プロジェクトの出入口として使用する契約を結び、これを基に建築許可を取ってしまったことにある。
本来公共の利益のために収容された土地を、一民間プロジェクトのために使用することなどできないのだが、バンコク都庁はなぜかこれに建築許可を出してしまったのである。
その後、このプロジェクトは完成しデベロッパーは大きな利益を手にしたのであるが、実はその少し前に近隣住民団体から、この建築許可は無効だから取り壊せと訴えられてしまったというわけだ。
それに対し、第一審で中央行政裁判所が出した判決は建築許可の取り消しであった。しかし、デベロッパーは控訴し、それから関係者間で延々とやり取りが続いたが、とうとうタイの最高行政裁判所は7月27日、第一審の判決を支持し、この建物は違法建築物となってしまったのである。
それ以降、現地のマスコミでは連日騒ぎになっているのだが、最高裁はデベロッパーが新たに建築許可を取り直すことを認める一方、このプロジェクトは取り壊しをしなくてよいという判断を下した。
責任逃れするデベロッパー
従って、デベロッパーが新たに建築許可を取れば、当プロジェクトは違法建築でなくなり問題は解決する。しかし、実際にはそんな簡単な話ではなく、建築許可を取得するには新たに幅員12メートルの出入口が必要となる。
そして、現時点での最善の解決策は隣の地主である「王立サイアム協会」が持つ敷地を、大通りまで幅12メートル分譲ってもらうことである(赤の枠で囲った部分)。
しかし、ここはいわば王様の土地であり、さらに悪いことには、デベロッパーは彼らからもこのプロジェクトを巡って訴訟されていたのである。
そんな険悪な状況下で土地を売ってもらうのは難しそうだし、そもそも数十億円にも上る土地購入費用をデベロッパーが今さら払うかも大いに疑問であり、このプロジェクトを購入した区分所有者たちは、いよいよとなったらデベロッパーはこの共同事業会社を清算し逃げてしまうのではないかと心配しているという。
現在、デベロッパーはバンコク都やMRTAと協議し解決策を見出したいといっているが、筆者の目には責任回避に必死としか見えない。しかも、既にバンコクのチャッチャート都知事は、バンコク都に責任はなく、デベロッパーが全責任を負うべきとの見解を表明していることから、デベロッパーに逃げ道は残されてないように思える。
何の説明もない三井不動産
ところで、違法建築物に対し、銀行が住宅ローンの融資や借り換えに応じてくれるはずもなく、また、誰もそんな瑕疵のある物件など買いたがらないことから売ろうにも売れず、このプロジェクトを最初に購入した区分所有者たちはこれまでとんでもない被害を被ってきている。
しかも、現地新聞情報よればこのプロジェクトの購入者は全部で578世帯あり、そのうち438世帯がタイ人、140世帯が外国人ということで、外国人の内、中国人の62世帯に続き日本人は28世帯と2番目に多い。
それにもかかわらず、これまでデベロッパーである三井不動産は現地で何の状況説明もしてこなかった。せめてアナンダが顧客にした説明を、タイ語のわからない日本人のために日本語で分かりやすく解説するぐらいの顧客対応をしてもよかったのではないかと筆者は思うのだが…。
実際、タイに進出してきている日系デベロッパーの多くは「金は出しても口は出さない」といわれるが、ここでもそれを貫いているのである。
今後どうなる?
地元バンコクポストに載った不動産弁護士の話によると、今回の建築許可の取り消しにより、建物使用許可や物件の登記も無効になるという。つまり、区分所有者が大事に持っている権利証も無効になる可能性がある。
筆者のクライアントには45平米の2ベッドルームを2,000万バーツ(8,000万円)も出して購入した人もいる。しかし、デベロッパーが新たに建築許可を取らない限り、今の違法建築状態が続き売るに売れない状態が続くわけである。
そこでこの弁護士がこの物件を買ってしまった区分所有者にアドバイスしているのが、「各区分所有者はデベロッパーに対し消費者の権利を主張し、購入代金の返還を求める通知を出すべきである」ということだ。
そもそもデベロッパーは違法建築物という重大な瑕疵のある物件を売ったわけであるから、建築許可を取り直せない場合、善意の第三者ともいえる区分所有者に対し購入代金を全額返還するべきというのは当たり前の論理でもある。
さて、これまで「金は出しても口は出さない」を決め込んできた三井不動産であるが、アシュトンアソークは数百億円もの大型プロジェクトだけに、今後どう出るのか大いに興味のあるところだ。
ちなみに、以下はこのプロジェクトの竣工当時、筆者が現地のビジネス誌に連載していた不動産コラムの中で書いたものであるが、引渡しに関してデベロッパーの顧客無視の態度を非難したもので、当時からこのプロジェクトには問題があったことを書き加えておく。