大量破壊兵器の核爆発以外ではこれまで最大の爆発事故といわれたレバノンのベイルート湾大爆発事故から4日で3年目を迎えた。ベイルート湾の倉庫に保管されていた硝酸アンモニウム約550トンが突然大爆発を起こし、湾岸労働者や周囲の住民らが犠牲となり、220人以上が死亡、少なくとも6500人が負傷した。ベイルート港と市内全域が破壊された光景が世界に放映されると、国際社会は衝撃を受けた。
大爆発事故から3年が経過したが、事故の原因解明は依然進まず、事故の責任を取って辞任した政治家、関係者はなく、国民の間では政府に対する批判や不満、憤りの声が高まっている。
4日、事故の解明が遅れていることに抗議するデモが行われた。日本外務省は「抗議行動等に遭遇した場合は決して近づかず、直ちにその場を離れるように、また、抗議行動に巻き込まれないよう、平素より関連情報を収集し、夜間の不要不急の外出は控えるべきだ」などを明記した趣旨の警戒を呼び掛けていたが、現地からの情報ではこれまでのところ抗議デモ参加者と治安部隊との衝突は報じられていない。
オーストリア国営放送(ORF)の中東特派員、カリム・エル・ゴハリ氏(Karim.EL-Gawhary)は同日、現地から報告していたが、抗議デモは平和裏に行われた。遺族関係者は亡くなった家族の写真を掲げ、国連に独立した事実調査団発足を訴えていた。
事件の検証とその責任について、レバノン当局は曖昧に終始してきた。爆発した硝酸はロシア貨物船の積み荷で、湾岸当局が14年に押収したまま放置してきた。なぜ大量の硝酸アンモニウムが倉庫に10年以上保管されたまま放置されてきたのか。ロシアからの輸入品とすれば、外務省、通商省、運輸省などの管轄下に入るが、大爆発事故の調査では誰一人として起訴されていない。爆発性の極めて高い危険物質が首都ベイルートの港に長い間放置されていた、という事実は無責任という以上に、国家安全に関わる問題だ。国民がそのずさんな危険物管理に憤りを感じるのは当然だろう。
大爆発事故後、2020年8月10日、ハッサン・ディアブ首相(当時)が辞任に追い込まれたが、事故調査を担当する主任調査員ファディ・サワン氏は調査を中断させられ、最終的にはその立場を失う。その後継者タレック・ビタール氏は元閣僚4人の調査に乗り出したが、議会からの抵抗もあって調査は中断。今年1月、ビタール氏は殺人、放火およびその他の犯罪の疑わしい容疑で、検事総長のガッサン・オイダット氏と他7人を提訴した。それに対し、オイダット氏は不服従と「略奪行為」でビタール氏を提訴したが、ビタール氏は辞任を拒否。以上が事故後の政治的、法的な動向だ(AFPの関連情報参考)。
レバノンの国民経済と財政危機は深刻だ。国際通貨基金(IMF)によると、「レバノンでは4年近くにわたる経済破綻により、自国通貨の価値の約98%を失い、国内総生産(GDP)は40%縮小し、インフレ率は3桁に達し、中央銀行の外貨準備の3分の2が流出した」という(アラブニュース2023年6月30日)。
エル・ゴハリ特派員は、「レバノン社会は外貨を得ることができる少数の上層部とそうではない大多数の国民に完全に分裂している。多くの若者は未来に希望をもてずにいる」という。同特派員によれば、アラブ諸国の問題点は3点、「貧困」と「不平等」、そして「無気力感」という。レバノンの現状はその3点が全て当てはまるわけだ。
新型コロナウイルスの感染拡大の直前の2019年、金融危機のさなか、国民の生活状態は悪化し、政府の無能と腐敗に抗議する大規模デモが起きたが、ポスト・コロナの今日、国民の間では政府に抗議して立ち上がるといった動きはない。同特派員は、「レバノン国民は集団的欝状況(Collective Depression)に陥っている。自身や家族をどのようにして養うかで頭の中は一杯だ」と表現していたのが印象的だった。
そのような状況下で、レバノン南部のイスラエルとの国境沿いでは、イスラム教シーア派武装組織「ヒズボラ」がイスラエルに軍事挑発を繰り返すなど、イスラエルとヒズボラの間で緊張が高まっている。イランから軍事支援を受けているヒズボラの指導者ナスララ師は7月12日、ガジャル村の周辺にコンクリートの壁を建設しているとしてイスラエルを非難、「イスラエルがわれわれに対して行動するなら、黙っていない」と警告、強硬姿勢を崩していない。
政治と経済の停滞、ヒズボラの軍事活動、レバノンは内外ともに厳しい状況下にある。欧州連合(EU)はレバノン政府に大爆発事故の調査を求めるが、その姿勢は弱い。「レバノンからの大量の難民が欧州に殺到することを恐れ、レバノン側に圧力を行使できないでいる」(エル・ゴハリ特派員)というのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。