斎藤幸平氏のトンデモ脱成長理論
東京大学大学院の准教授、斎藤幸平氏は脱成長を提唱し年収の上限設定を主張する。しかし1億円以上の所得に税率100%を施行するというアイディアはまったく財源にならず脱税を増加させる。生活必需品を「商品化」しない、というアイディアにいたっては配給制度の実施で行政に膨大な手間が発生して地獄のような世界を招くだけだ。
(前回:「大谷は年俸一億円でいい」発言で炎上、斎藤幸平氏の脱成長理論で日本は北朝鮮になる)
バター不足から分かる「配給制」の難しさ。
話を食料品に限っても、過不足なく配給するには国内の生産量と輸入量をすべて国が管理する必要がある。例えばバターは現在でも「国家貿易」と言って輸入量を国が管理している。実質的に配給制に近い。
時折バター不足がニュースとなって一人一個までとスーパーで購入制限がついたり、その逆に国内で牛乳が余っているので飲んで欲しいと総理が呼びかけたりといったことが起きる。これは牛乳が生鮮食品で生産調整が難しいことや、牛自体の管理も生き物であるため調整が容易でないことが影響している。
このようにバター一つ取っても国による管理が容易ではないことが分かる。そしてバター不足の簡単な解決方法は輸入の自由化だ。国家貿易をやめて足りなければ個々の企業がニーズに応じて輸入すれば良いだけの話だ。バターを売りたい酪農国は世界中にある。しかも海外のバター価格は圧倒的に安い。
しかしそれが国家貿易で出来ない仕組みのため国が牛乳増産のために酪農家を支援する、生産量が増えてバター不足も解消出来る、と思っていたら今度は牛乳が余る、仕方ないので総理が牛乳消費を呼びかけるという、冗談のようなことが起きる。生活必需品を国が管理すれば「バター不足問題」が食料品を含めたあらゆる生活必需品で起きる。
ロジスティクスの問題。
食料の生産と輸入について説明したが、配給となれば当然ここに配送の問題も加わる。
必要な「タイミング」で必要な「モノ」を必要な「量」だけ必要な「場所」に届ける。
これがいかに大変かは「戦争は兵站で決まる」と言われることからも分かる。兵站(へいたん)は英語でロジスティクス、現在は「物流」と訳す。ロジスティクスはただ荷物を運ぶという意味ではなく以下のように広い範囲を指す。
「ロジスティクスとは、物流の効率的な管理と調整を指します。具体的には、商品、サービス、情報、資源を発信地から消費地または配送地までの流れで運び、保管することを意味します。※」
生産から物流まで考えると国が管理すべき範囲は無限に広がり、なおかつこのような難易度の高い業務を国ができるはずも無い。
当然、すべての業務を公務員がやることも出来ず業務委託先の企業が必要になる。現在と比べて業務の受発注が爆発的に増えればワイロで仕事を取るような企業も出てくる。そしてワイロ防止のために無駄な仕事が新たに生まれる。国が計画的に経済を運営することが非効率であることは経済学では大前提だ。
ベーシックインカムの優れている点はモノではなくお金を配って、その使い道は個々人に任せる部分にある。このやり方ならば再分配と市場経済を両立して、なおかつ国の役目はお金を集めて配ることに特化し、警察や防衛等を除いてすべて廃止できる。食料の生産から配送まで公務員が管理をするという、馬鹿みたいなことは一切やらずに済む(ベーシックインカムが実現されない理由は「効率が良すぎるため」とも言われる)。
結局、配給制度をやるべきではない理由は、バターすら管理出来ない国に生活必需品をすべて任せて大丈夫なわけがない、という当たり前の話だ。少なくとも筆者はそんな冗談みたいな世界で生活はしたくない。
※ロジスティクスとは 物流業界を取り巻く大きな課題 物流倉庫業務改善ブログ 物流倉庫アウトソーシングの関通より
共産主義は貧乏になる。
筆者が書いたような配給によって生まれる面倒で膨大な仕組みは、自由経済・市場経済に対して「計画経済」と呼ばれる。かつてのソ連(現在のロシア)が採用していた。
斎藤氏は脱成長の仕組みを共産主義ではないのか?貧しくならないのか?と問われて「コミュニズムだし、似ているところもある。ただ、今の資本主義みたいな社会ではなくなる」と答えている。
世界中で共産主義国家でなおかつ計画経済を今も維持している国がどれだけあるかを見ればすでに答えは出ている。
執筆時点で共産主義国家は中国、キューバ、ラオス、ベトナム、北朝鮮の五カ国だ。中国は国家による関与は様々にあると思われるが、少なくとも株式市場が存在する水準までは資本主義が発達している。これはベトナムも同様だ。
他の国も北朝鮮ですら市場経済を部分的に導入しており、それでも共通しているのは「極端に貧しい」ということだ。豊かさの指標となる一人あたりのGDPは中国を除いていずれも下から数えた方が早く貧困国家ばかりだ。
番組で貧乏にならないんですか?という問いが出たのも当然で共産主義的な経済体制がうまくいかない事はすでに常識と言っていい。今から先進国の日本が部分的にでも共産主義的な経済政策を取ることは冗談のような話と指摘した通りだ。
また別のインタビューでは「ソ連や中国は社会主義というより、国家・官僚主導型のトップダウンの資本主義のようなものです」「マルクスの考えたコミュニズムと同一視するのは間違いだと分かってほしい」と、共産主義の代表のように見られるソ連や中国は自身が目指すモノとまったく違うと説明している※。しかし斎藤氏が主張するような厳しい所得制限や生活必需品すべての公共財化を行っている国は共産主義国家でもない。
経済成長の著しい中国は一見すると成功しているように見えるが、トップダウンの資本主義、つまりは計画に従わない国民を排除しなければ成り立たない。そこには言論統制や弾圧がセットであることは今更説明するまでもない。計画経済である以上は計画に反対する国民は排除しなければ成り立たないからだ。これは経済体制が社会主義でも資本主義でも変わらない。
「計画」を決めた通り実行するためには自由を大幅に制限する必要があり、そこには強制力が必要になる。斎藤氏は脱成長のためには自由の制限が望ましいと考えているのか。
それでもやってみないと分からないじゃないかという人に向けた教訓として、実際に冗談のような計画経済を導入して経済が破綻した国・ベネズエラがある。しかも昔の話ではなく2016年のエピソードだ。
※引用・参照 経済思想家・斎藤幸平「今こそマルクスの復権を」:資本主義と決別、「脱成長コミュニズム」が世界を救う nippon.com 2023.02.27
「冗談みたいな世界」を実現したベネズエラは地獄になった。
ベネズエラ在住のブロガー・ライターの野田加奈子さんのブログに掲載された「お金で価値が測れないディストピア」という記事がある。
社会主義的、共産主義的な経済政策によってベネズエラで起きた理解不能な出来事を以下のように説明する。価格を固定して市場経済を否定したことで起きた問題だ。
『想像しやすいように日本の食べ物に当てはめて考えてみましょう。
ベネズエラで今起きているのは、米10kgが300円で売ってる一方で、豆腐が3000円、コンビニアイスが1個3万円といった意味不明な値段になっている状態です。
米は主食なので政府により10kg300円と値段が決められています。安いのはありがたいけれど、常にスーパーで見つかるわけではありません。するとどうなるか?みんな、たとえ家に予備があったとしても見つけた時に買えるだけ買い溜めるようになります。なので店で売り出されるとすぐに売り切れです。
マドゥロ政権は、この問題を解決しようと配給制を導入しましたが、もちろん結果は同じです。配給制にしても、必要な物が明日は見つからないかもしれないとなると、買えるだけ買ってストックする。当然でしょう。
スーパーに向かって全力疾走するベネズエラ人のビデオを見たことがありませんか?早く行かないと売り切れて買えないのです。
●安いから買えない、高すぎて買えない
一方、価格が定められていない豆腐は、インフレの影響で3000円もします。さすがに豆腐一丁3000円は馬鹿らしいので最近は買っていません。でも、今日スーパーAがセールで豆腐を500円で販売するらしいと聞きました。友達や親戚中にLINEしまくって、みんなで買いに行きました。4時間並んだのに、結局売り切れで買えませんでした。そうこうしてるうちに、政府が突然、「日本人に豆腐は必須だ。法律で一律20円に決める!20円で売れないやつは国賊、資本主義者の手先!」と言い出しました。豆腐が20円になったら、原価割れしているので豆腐屋が次々に生産をやめてしまい、もうどこにも売っていません。前だったら3000円出したら買えたのに…※
※引用 お金で価値が測れないディストピア | ベネズエラで起きていること 意味不明な国ベネズエラを読み解きます 2016年3月1日
そしてこのエピソードについて「このような問題が、食料だけではなく、国の経済活動全体で起きてるのだから狂気の沙汰です。』とさらに腰を抜かすような補足がなされる。当然のことながら、配給品を違法に売買する闇市も発達する。
市場経済による価格メカニズム、需要と供給によって価格調整を行えば良いところを価格固定のような愚策を行うとどうなるか、非常に分かりやすい説明だ。文字通り冗談のような話に見えると思うが、日本のバター不足と牛乳余りもこれと似たような話ですよ、と言えばとても笑えないだろう。
配給制度は価格の固定よりさらに過激な共産主義的な経済となる。加えて、現在日本のスーパーと農家と物流企業が担っている業務の大半を国が管理する、と言えばいかに無茶なやり方か分かるだろう。しかもそれが上手くいく保障は無く、むしろ失敗する確率が高いことはバターを例に説明した通りだ。
生活必需品全般で配給制度を行うことが完全に間違いであることは伝わったのではないだろうか。
「経済成長が不幸を招く」という誤解はマスターキートンを読めば解ける。
斎藤氏は番組の中で「CO2の排出量は経済的に豊かな上位10%が半分を占める」というグラフを示して経済成長のデメリットを強く主張する。その一方で脱成長は先進国のみ取り組めばよく、開発国(発展途上国)は成長すべきとも主張する。
現在CO2の削減は世界中で進められているが、上位10%を除く残り90%が現在の先進国並みになるまで成長を認めるのなら、そして排出量が同じと仮定すれば、CO2排出量は現在の10倍となる。発展途上国に経済成長をする権利があることは間違いないが斎藤氏の主張とは矛盾する。
斎藤氏の示すグラフの出典を見るとオックスファム(OXFAM)とある。オックスファムはイギリスのオックスフォードで生まれた貧困を無くすために活動するNGOで90カ国以上で活動をしている……マンガが好きな人はオックスファムという団体に聞き覚えがあるかもしれない。
浦沢直樹による人気マンガ「マスターキートン」でオックスファム(作中の表記はオックスファーム)が登場するエピソードがある。
このエピソードでは優秀な女性社長を母に持つ少年が、オックスファムのお店でボランティアとして働いている。オックスファムには寄付された物品を販売して寄付金に変えるお店が実在する。ボランティア活動を熱心に行う少年は母親を「会社経営、つまり金儲けが好きなだけ」と大いに嫌っている。
少年がオックスファムのお店で働いている最中に店長らしき男性から、母親が交通事故にあったことについて、お見舞いに行ってはどうか?と声をかけられる。しかし少年は心配不要と素っ気ない態度を取る。よっぽど経営者の母親が嫌いなようだ。
そんな態度に男性は困惑しながらも少年を諭す。
「君、お母さんを誤解してないか? 会社経営は単なる金儲けじゃない。多くの人に働く場を与え、豊かにする…ここの活動と同じさ。」
「このところ他の安売り店に押されて、売上げは減る一方だ。三万人のボランティアが支えてくれても五百人の有給職員もいる……」
「君のお母さんのような人材がほしいところだよ。」※
いうまでもなくこの作品はフィクションで、男性のセリフもオックスファムの意見を紹介しているわけでも全くない。とはいえ極めて示唆に富む、なおかつ企業経営をただの金儲けと毛嫌いする少年への常識的なアドバイスでもある。そして斎藤氏が耳を傾けるアドバイスでもある。
企業経営から生み出される製品・サービスも、雇用も利益も、そしてそれらが集まった結果なされる国の経済成長も、本来否定すべき要素は一切ない。問題は違法行為で利益を上げたり問題を起こす企業だけだ。そういった企業が山のようにあるからといってビジネスや成長を否定するのは、マスターキートンの作中で語られるように明らかに勘違いだ。
斎藤氏は「技術が発展しているのにこれだけみんな働いている。色々なものが24時間動き、エネルギーを無駄にしているのはおかしい」と指摘するが、現在の技術発展はより良い商品やサービスを作ってより儲けたい、という原動力から生まれたものだ。現在の技術水準で十分と決めつける根拠は何もない。
自由な経済活動によって問題が起きるなら自由を無くして管理すればいい……これが間違いであることは歴史が示すとおりだ。経済活動で引き起こされる問題は法律とルールで防止する、それが国家間であれば条約を結ぶ、残念ながら今のところはこれがベストなやり方である、という説明になる。
そして現在のルールが間違っているのならどこを変えれば良いか具体的に提言すれば良い。例えば斎藤氏が言及する雇用に関する問題であれば、従業員に被害を与えるブラック企業を減らすには労働基準法を厳罰化する、従業員を雇用するには車の運転のように免許制とする、といったことも考えられる。
飲酒運転は厳罰化で激減したことはデータを見れば明らかで、人の人生に関わる雇用について無知なまま人を雇えるから「ウチは残業代とか有給休暇とか無いんで」と言ってしまう経営者が後を絶たない。実現不可能な脱成長を語るよりも、やれることはいくらでもある。
亡霊のように出ては消える脱成長の話はもう終わりにすべきだ。
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年8月9日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。