デンマークとオランダ両国がウクライナに米国製F16戦闘機を供与することを決めたというニュースを聞いた。米国の主力戦車「M1エイブラムス」とドイツ製の主力戦車「レオパルト2A6」のウクライナ供与が同時決定した時(1月25日)、「レオパルト2はウクライナ戦争でゲームチェンジャーとなるだろう」といった期待の声がウクライナだけではなく、欧米諸国の一部で聞かれたことを思い出す。
旧ソ連製戦車でロシア軍と戦ってきたウクライナ軍はドイツ製主力戦車「レオパルト2」をどうしても獲得したかっただけに、キーウ側はドイツ側の決定を喜んだ。ドイツ製戦車を含み欧米諸国からの戦車や対空防衛ミサイルなどを得て、ウクライナ側は今春以降、ロシア軍が占領した東部・南部に攻撃をかけ、占領地奪還に乗り出したが、ゼレンスキー大統領が期待したほどの成果はまだ挙げられていない。
西側軍事専門家の意見によると、ロシア軍が占領したウクライナ東部地域は地雷原であり、ウクライナ軍も容易には侵攻できないこと、そしてロシア側に制空権を握られていることの2点がウクライナ軍の反転攻勢の苦戦の主因という。
ゼレンスキー大統領は欧米から主力戦車を獲得した直後、「ロシアとの戦いに勝利するためには戦闘機が必要だ」と機会ある度に要求してきた。それに対し、戦争のエスカレートを恐れる欧米諸国からはあまり色よい返答がこれまで聞かれなかった。
そこにデンマークとオランダ両国が米国から18日、米国製F16戦闘機のウクライナ供与に許可を得たのを受け、オランダのルッテ首相は20日、キーウからゼレンスキー大統領を迎えてF16戦闘機の供与を発表したわけだ。キーウ側は両国から合計61機(オランダから42機、デンマークから19機)のF16戦闘機を期待している。
ゼレンスキー大統領はX(旧ツイッター)で両国の決定を「歴史的だ」と高く評価し、「F16戦闘機は兵士たちや一般市民に新たな信頼とモチベーションをもたらすだろう。これらの戦闘機は、ウクライナの都市をロシアの攻撃から守るのに役立つ」と述べている。
それでは、デンマークとオランダが供与するF16戦闘機はウクライナ軍のゲームチェンジャーとなるだろうか。F16戦闘機がロシア空軍のミグ29より数段優れた戦闘機である点では西側軍事専門家の意見は一致しているが、実際にウクライナ空軍パイロットが戦闘機を操縦して出動できるまでには半年ぐらいの訓練期間が必要となるだろうから、F16戦闘機の効果は直ぐには期待できない。
デンマークのフレデリクセン首相によると、現在70人のウクライナのパイロットがデンマークでF16戦闘機の訓練を受けている(デンマークからは年内に6機、24年に8機、25年に5機のF16戦闘機がウクライナ側に手渡される予定)。
興味深い点は、米独主力戦車のウクライナ供与の時に囁かれたゲームチェンジャーといった威勢のいい声はF16戦闘機供与のニュースでは聞かれないことだ。それなりの理由はあるだろう。ウクライナのパイロットが操縦するF16戦闘機がウクライナ東部・南部を超え、ロシア領の空域に入った場合、ロシア側の反発は大きい。戦争のエスカレートはもはや避けられなくなるなどの不安材料が少なくないからだ。
西側軍事専門家によると、F16戦闘機は核兵器を搭載する能力を有していることだ。ウクライナは独自の核兵器を有していないが、F16戦闘機が核兵器を搭載できる能力を持つため、ロシア側はF16戦闘機のプレゼンスにこれまで以上に大きな脅威を感じることになる。
そのことが戦争の拡大抑止力として働くか、それともロシア側の大量破壊兵器の使用といったカードが現実的になるかは分からない。実際、ロシアのラブロフ外相はF16戦闘機のウクライナ供与はロシア側にとって、「核の脅威だ」と警戒心を露わにしている。
繰り返すが、欧米諸国に、米独の主力戦車のウクライナ供与決定の時のように無条件な歓迎が聞かれないのは、F16戦闘機の供与で、ウクライナ戦争が第3次世界大戦に突入する恐れが排除できなくなるからだ。バイデン米政権はウクライナ側に、「絶対にロシア領土には侵攻しないように」と何度か釘を刺してきた。ウクライナ側も米国の要請を受け、これまでその約束を守ってきている。
なお、ウクライナの元戦闘パイロットで軍事専門家のオレクシイ・メリニク氏はドイツのメディアとのインタビューで、「F16戦闘機はウクライナ軍の攻勢を支援し、防空を改善する手段となることは期待できるが、ウクライナがF16戦闘機で制空権を獲得することはないだろう。ロシアの制空優位性を相殺できるだけだ」と主張した。
その理由として、ロシアの防空システムの優秀性や高性能のスホーイSu-35戦闘機の脅威などを指摘している。ただし、「欧州戦一闘機ユーロファイターはF16よりも一世代進んでいるが、その数は約600機しかない。一方、F16は世界で最も多く利用可能な戦闘機であり、部品の供給にも問題はない」と説明し、米国製F16のウクライナ供与は合理的な選択肢だと説明している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。