米8月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)が市場予想を上回りつつ、労働参加率の改善に合わせ失業率が前月比で0.3ポイント上昇しました。平均時給は労働参加率の上昇に合わせ、前月比と前年同月比ともに市場予想を下回り、賃上げ圧力が緩やかに後退している様子。週当たり労働時間の改善も、賃上げ圧力の低下を誘ったとみられます。
ジャクソン・ホール会議のパウエルFRB議長の講演では、①追加利上げの余地確保、②金融政策の運営は経済指標次第、③利下げは当面、選択肢にないーーとの姿勢を打ち出しました。
今回の結果を踏まえると、労働市場はゆるやかながら減速しつつあり、9月19~20日開催のFOMCでは据え置きが濃厚に。11月と12月のFOMCについても、据え置きの織り込み度が上昇しました。年明けについては、2日前まで2024年5月の利下げ転換予想に傾いていたところ、一時は米8月雇用統計結果を受けて2024年3月利下げ転換の見方がわずかながら優勢に転じつつ、米8月ISM製造業景況指数などの改善を受けて再び2024年5月の利下げ転換予想へ戻しました。
画像;FF先物市場の反応(NY時間午後12時)
(出所;Street Insights/Twitter)
米8月雇用統計後に発表された米8月ISM製造業景況指数などが市場予想を上回ったため、金融市場は米株はまちまち・米債安(利回りは上昇)・ドル高の展開を迎えています(NY時間午後12時)。
5分足チャート:ドル円は、一時144.44円まで本日安値を更新した後、米8月ISM製造業景況指数などを受けて米10年債利回り(オレンジ線、左軸)につれ146.29円まで上昇、
(出所:Tradingview)
米8月雇用統計のポイントは、以下の通り。全般的にゴールドマン・サックスのヤン・ハチウス首席エコノミストを始め、米国の市場参加者は「ゴルディロックス経済を表す」と好感する向きが多い印象です。ただ、筆者は①景気減速懸念から貯蓄を取り崩した人々が労働市場に回帰、②不完全雇用率が急伸した陰でフルタイムの雇用が2カ月連続で減少、③失業者のうち解雇者が増加し自発的離職者数が減少--などを踏まえると、遂に2022年3月から5.25%引き上げたFedの政策が労働市場を押し下げつつあると考えます、また、失業率が前月比0.3ポイントも急伸しているほか、米7月求人件数の減少や米8月のチャレンジャー人員削減予定数を踏まえれば、米労働市場の減速が今後、深刻さを増してもおかしくありません。
(労働市場にポジティブ)
・NFPが市場予想超え
・週当たり労働時間が改善
・労働参加率は2020年2月以来の水準を回復
(労働市場にネガティブ/ニュートラル)
・失業率が2022年2月以来の高水準、解雇率も上昇
・過去2ヵ月分のNFPは下方修正
・労働市場の先行指標である派遣が7カ月連続で減少
・平均時給の伸びが市場予想を下回る(インフレ抑制の観点ではポジティブ、購買力の観点でネガティブ)
・不完全雇用率が2022年5月以来の水準へ急伸
・フルタイムの労働者が2カ月連続で減少、パートタイムは逆に2カ月連続で増加
・「病気が理由で働けない」人々、コロナ前の平均を再び上回る
以下は、米7月雇用統計の詳細。
〇非農業部門就労者数
米8月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比18.7万人増となり、市場予想の17.0万人増を上回った。前月の15.7万人(18.7万人増から下方修正)も超えた。なお、米労働省は8月23日に2022年4月~2023年3月までの過去12カ月分につき、年次のベンチマーク改定を通じ30.6万人下方修正した。
NFPの内訳をみると、民間就労者数は前月比17.9万人増と市場予想の15.0万人増を上回った。2021年1月以降の増加トレンドで最小の伸びだった前月の15.5万人増(17.2万人増から下方修正)も超えた。民間サービス業も14.3万人増と、前月の14.1万人増(15.4万人増から下方修正)を上回った。
チャート:NFPは3カ月連続で20万人割れ、失業率は3.8%と前月から0.3ポイント上昇し2022年2月以来の高水準
(作成:My Big Apple NY)
6月分の8.0万人の下方修正(18.5万人増→10.5万人増)と合わせ、過去2ヵ月分では合計で11.0万人の下方修正となった。今回分を含め、以前から筆者が指摘し7月に入ってウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も記事に取り上げたように、NFPは労働市場を過大評価している可能性を示す。特に今年に入ってから、NFPは3月を除き下方修正を迎えていた。
チャート:年初来のNFPと、修正幅
(作成:My Big Apple NY)
サービス部門のセクター別動向は、11業種中で9業種で増加し、前月の速報値ベースの7業種を上回った。今回最も雇用が増加した業種は前月に続き教育・健康、娯楽・宿泊、専門サービスが入った。一方で情報のほか、トラック輸送大手イエローの破産申請もあって輸送・倉庫(3カ月連続で減少)が減少した。
(サービスの主な内訳)
財生産業は前月比2.2万人増と、5カ月連続で増加した。業種別をみると、建設が5カ月連続で増加し製造業が増加に転じた一方で、鉱業・伐採が減少した。詳細は、以下の通り。
(財生産業の内訳)
チャート:セクター別、就労者の増減
(作成:My Big Apple NY)
チャート:業種別の雇用の増減
(作成:My Big Apple NY)
チャート:20年2月との比較、民間サービス部門は前月の3.4%増→3.3%増と17ヵ月連続でプラス圏をたどると共に上げ幅を広げた。政府を含めたサービス部門の11業種中、当時の水準を超えた業種は前月と変わらず、8業種。輸送・倉庫、専門サービス、情報、金融、公益、卸売、教育・健康、小売となる。一方で、娯楽・宿泊を始めその他サービス、政府は引き続きマイナスをたどった。
財部門は2.6%増と前月の2.5%増を上回り、16ヵ月連続でプラス圏を守った。建設と製造業はプラスだったが、引き続き鉱業・伐採のみマイナスをたどった。
(作成:My Big Apple NY)
〇平均時給
平均時給は前月比0.2%上昇の33.82ド ル(約4,890円)と、市場予想の0.3%と前月の0.4%を下回った。18カ月連続で上昇したが、2022年3月以降で最も低い伸びだった。前年同月比も6~7月の4.4%の上昇から、今回は4.3%と2021年7月以来の低い伸びに並んだ。生産労働者・非管理職の前年同月比は4.5%と、2021年6月以来の低い伸びだった。
チャート:平均時給は、生産労働者・非管理職の前年同月比でピークアウト感が漂う
(作成:My Big Apple NY)
〇週当たり労働時間
週当たりの平均労働時間は34.4時間と、コロナ禍で経済活動が停止していた2020年4月以来の水準に再び落ち込んだ前月の34.3時間を上回った。とはいえ、2006年以来の最長を記録した2021年1月の35時間を下回り続けた。財部門(製造業、鉱業、建設)は前月まで4カ月連続で39.8時間を経て39.9時間に改善、ただし、引き続きコロナ禍で最長となった2月の40.4時間以下が続く。全体の労働者の約7割を占める民間サービスは6ヵ月連続で33.3時間と、経済活動が停止した2020年3月(32.9時間)以来の低い水準に並んだ。2006年以降で最長を記録した21年5月の33.9時間以下が続く。
チャート:週当たり平均労働時間は、短縮傾向が続く
(作成:My Big Apple NY)
総労働投入時間(民間雇用者数×週平均労働時間)は労働時間が前月から延び、民間就労者数の伸びも前月を超えたため、前月比で0.4%増とプラスに転じた。平均時給の伸びが前月以下だったため、労働所得(総労働投入時間×時間当たり賃金)は平均時給が引き続き上昇したため前月比0.7%増と増加トレンドを維持した。
〇失業率、労働参加率、就業率
失業率は3.8%と市場予想と前月の3.5%から急伸、2022年8月以来の高水準だった。労働参加率が上昇した上、失業者が前月比51.4万人増え、失業率を押し上げた。ただ、前月比0.3ポイントの上昇は気掛かり。過去、前月比で0.3ポイント以上の上げ幅を記録した局面は米経済が景気後退前だったか、あるいは景気後退入りしていた。
チャート:失業率の前月比の上げ幅0.3%以上は、これまで労働市場悪化の証左だった
(作成;My Big Apple NY)
一方で、米景気減速が指摘されるなか、自発的離職者数は3カ月ぶりに減少し80.1万人、自発的離職者数に占める失業者の割合も12.8%と、3カ月ぶりの低水準だった。
チャート:自発的離職者数は、3カ月ぶりに減少
(作成:My Big Apple NY)
自発的離職者数が減少した半面、解雇者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比17.2万人増の212.5万人と200万人台へ切り返した。解雇者数の割合は他が低下したことから前月の33.5%→34.0%へ上昇、失業者のシェアで1位を維持した。新規参入者が前月の8.6%→9.6%。一時解雇者は前月の11.4%→12.6%へ上昇しつつ、自発的離職者数を下回った。
チャート:失業者に占める解雇者の比率、引き続きトップに
(作成:My Big Apple NY)
労働参加率は前月まで5ヵ月連続で62.6%だったが、今回は62.8%と20年2月(63.4%)以来の水準を回復した。
就業率は2カ月連続で60.4%と、2020年2月(61.1%)以来の高水準に並んだ。就業者数が前月比22.2万人増と3カ月連続で増加した。
〇病気が理由で働けないとする人々
「病気が理由で働けない」とする人々は今回、前月比9,3万人増(年初来で4回目の増加)の110.4万人だった。コロナ後の平均値を引き続き下回ったが、労働参加率が上昇したにもかかわらず、2015‐19年の平均値を越え続けた。
チャート:「病気が理由で働けない」とする人々、コロナ禍後の平均以下に
(作成:My Big Apple NY)
〇家計調査の就労者内訳
足元、事業所調査(給与台帳ベース、NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(聞き取り調査ベース、失業率や労働参加率など、CPS)の就労者数の数字を比較すると、今回はNFPが18.7万人増に対し、家計調査の就労者数は22.2万人増と、3カ月連続でそろって増加した。
チャート:NFPと家計調査の就労者数の結果、3カ月連続で乖離せず
(作成:My Big Apple NY)
家計調査の就労者数を雇用形態別でみると、パートタイムのみ3.2万人増と小幅ながら2カ月連続で増加した。一方で、フルタイムは8.5万人減と2カ月連続で減少。。複数の職を持つ労働者は31.3万人減と、4カ月ぶりに減少した。
チャート:パートタイムと複数の職を持つ労働者が増加
(作成:My Big Apple NY)
チャート:パートタイムは2カ月連続で増加、フルタイムは2カ月連続で減少
(作成:My Big Apple NY)
チャート:複数の職を持つ者は減少に転じ、3カ月ぶりの低水準
(作成:My Big Apple NY)
〇起業・廃業モデル
以前からお伝えしたように、これまで筆者は、複数の職を持つ者がNFPを押し上げた可能性を指摘していた。理由は、NFPの場合、賃金をベースにカウントするためで、家計調査と異なるためです(i.e. 副業を持つ就業者の場合、NFPなら2つの雇用増とされるが、家計調査は仕事が2つあっても、1人分として集計する)。最近では、NFPを算出する上での起業・廃業モデルにも注目。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も、7月に同様の記事を配信し、起業・廃業モデルなどを理由に「NFPは労働市場を過大評価している可能性」を取り上げ、筆者以外に疑問視する声の存在を感じさせていた。
今回はというと、前月と今月の結果を踏まえると起業の増加による雇用増がNFPをある程度支えたと考えられる。起業・閉鎖調整ベース(季節調整前)の雇用増加をみると前月比10.3万人増と、過去5カ月間の4回目の2桁増となった。なお、前述したように年初来で雇用統計・NFPは年次のベンチマーク改定を経て3月以外は全て下方修正しており、起業・閉鎖調整がヘッドラインを押し上げた可能性を残す。
チャート:起業・閉鎖調整ベースの雇用増(季調前)は、7月に再び伸びを拡大
(出所:My Big Apple NY)
チャート:NFP(季節調整前)が鈍化する局面でも、起業・閉鎖調整ベースは累積増加幅は概ね一定
(出所:My Big Apple NY)
かつてイエレン米連邦準備制度理事会(FRB)前議長のダッシュボードに含まれ、「労働市場のたるみ」として挙げた1)不完全就業率(フルタイム勤務を望むもののパートタイムを余儀なくされている人々、縁辺労働者、職探しを諦めた者など)、2)賃金の伸び、3)失業者に占める高い長期失業者の割合、4)労働参加率――の項目別採点票は、以下の通り。
1)不完全雇用率 採点-×
経済的要因でパートタイム労働を余儀なくされている者などを含む不完全雇用率は前月の6.7%→7.1%と2022年5月以来の水準へ急伸した。家計調査で、パートタイムの雇用のみ増加した結果と整合的だ。
チャート:不完全雇用率、10カ月ぶりの水準へ上昇
(作成:My Big Apple NY)
2)労働参加率 採点-△
労働参加率は前月まで5ヵ月連続で62.6%で横ばいを経て、今回は62.8%と2020年2月以来の水準へ上昇した。なお、金融危機以前の水準は66%オーバーだった。
チャート:不完全就業率は過去最低水準から上昇、労働参加率と就業率は改善
(作成:My Big Apple NY)
3)長期失業者 採点-△
失業者とは、①失職中、②過去4週間に職探しを行なった、③現在、勤務が可能――の3条件を満たす必要がある。失業期間の中央値は3カ月連続で8.7週だった。27週以上にわたる失業者の割合は20.3%と、前月の19.9%を上回り4カ月ぶりの水準へ上昇した。
チャート:長期失業者が全失業者に占める割合は、4ヵ月ぶり水準へ上昇
(作成:My Big Apple NY)
4)賃金 採点-×(インフレ抑制の観点では〇)
今回は前月比0.2%上昇し、2022年3月以降で最も低い伸びだった。前年比は6~7月の4.4%を下回り4.3%と、2021年7月以来の低い伸びを保った。生産労働者・非管理職(民間就労者の約8割)の平均時給は前月比で0.2%と、2022年2月以降で最も低い伸びだった。。また、前年比は4.5%と、2021年6月以来の低い伸びだった。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2023年9月1日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。