シリア内戦は12年目に突入し、もはやアサド政権、クルド―アメリカ勢力、トルコ傘下勢力による”天下三分”が定着しつつある。こうしたなか、北シリアが久々に戦火に見舞われることになった。アラブ系部族をめぐる騒動が戦闘に発展したのだ。シリアやトルコメディアは「クルド勢力に抵抗するアラブ系部族の反乱」と報じたが、一体何があったのか。
発端は、シリア東部デリゾール県におけるイスラム国の残党狩り作戦「治安の強化」の実施である。クルド人を主体とするシリア民主軍(SDF/QSD)は、イスラム国の細胞とされた人物を逮捕し、また現地の治安維持を担う「デリゾール軍事委員会」の指揮官、アフマド・アルハビールも逮捕した。その理由とされたのは、敵対勢力との内通、禁制品取り引きへの関与などであった。
このアルハビールは地元部族の有力者であり、その親族や従者たちは釈放を要求した。それが受け入れられないとみるや、現地のアラブ系部族民らも巻き込みSDFのチェックポイントなどを襲撃するという暴挙に出たのである。多勢に無勢のSDFは一時的に撤退を余儀なくされた。
態勢を立て直したSDFが反撃に出ると、部族勢力はあっけなく潰走。無血開城した町もあった。SNS上では、部族民兵の敗走の瞬間とされる映像も出回っている。
騒乱から10日が過ぎたころには、SDFは反乱勢力の拠点をすべて制圧し、デリゾールに秩序を回復した。禍根を残さないよう、アルハビールの親族を含むSDFに弓を引いた人々の一部の釈放も実施した。
デリゾールからは遠く離れた要衝マンビジュでも、騒乱に呼応するかのようにトルコ傘下勢力による攻勢の動きが見られた。要衝ゆえこれまでも度々、トルコ傘下の武装勢力による攻勢が計画されたり、アラブ系部族への煽動が行われてきた場所である。結果として、今回も失敗に終わる。クルド側によれば、戦闘員53人を殺害したうえ、軍用車を破壊するなどの損害を与え撃退したということである。
また、クルド側の主張によれば、攻撃に参加した集団は、トルコが主張するアラブ系部族ではなく、旧ヌスラ戦線の構成員やイスラム国の残党だということだ。トルコの傘下勢力がSNSに投稿したとされる動画には、イスラム国のワッペンらしきものを胸につけている男が映っていた。
”反乱”と誇張された騒乱はあっけなく終わったものの、各方面が大騒ぎしたこの騒乱の本質は何だったのか。事の子細を見ていくと、イラン及びその影響下にあるアサド政権がアメリカに仕掛けた抗争という構図が浮かび上がってくる。
クルド勢力が統治する北東シリアでは、数年にわたりアサド政権による部族工作が進められてきた。騒乱の数日前にも、同じく北東シリアのハサカで反SDFの集会が実施されたとシリア国営通信が報じた。
イランは宿敵アメリカ軍の撤退とクルド人統治下の領域を奪取するというアサド政権と共通の目標があるものの、独自の目的もある。いわゆる「シーアの三日月地帯」を盤石のものとするため、イラクからトルコをつなぐ北東シリア地域を手中に収めたいのだ。
騒乱のきっかけとなったアルハビールは、麻薬取引にも関与したと疑われている。麻薬と言えば、アサド政権及びその背後にいるイランが地域の不安定化の武器として利用してきたことを思い出す。
クルド側はアルハビールがイランに懐柔されたことを察知し、解任に動いたのではないかとみられる。ただ、対応は遅きに失したと言わざるを得ない。
重要な役回りを演じたのが、北シリアの有力部族、バカラ族の有力者でありかつイランが指導する民兵集団のトップ、ナワフ・バシールだ。シリア人権監視団によると、バシールはアルハビールの逮捕後、部族に決起を促すメッセージを送ったという。騒乱が燃え上がるなか、動画でSDFに所属するアラブ系戦闘員を殺害するよう呼びかけていた。騒乱収束後も性懲りもなく動画で”蜂起”を呼びかけ、SNSで失笑を買った。
一方のアメリカは、イランの思惑通りに事が進むことを懸念し、牽制に動いた。
シリア人権監視団によると、4日深夜から5日未明にかけ所属不明の無人機が、騒乱の最中にあったデリゾールでイラン傘下勢力の弾薬庫を攻撃したという。この地域で無人機による攻撃能力を有し、かつイラン側と敵対するのはアメリカしかない。国防総省の報道官は5日、シリアへの関与を続けると明言した。
この地域では、部族の有力者をイランやトルコの命を受けた人物が銃撃、殺害し、その後、部族民の怒りの矛先が統治者たるクルド当局へ向くという茶番が何度も繰り返されてきた。「アラブ系部族による反乱」というのは、シリアやイラン、トルコといった独裁政権に都合の良い物語に過ぎない。今回の騒乱においても、クルド側につき平静を守った部族は少なくなかった。
シリアを舞台にしたイランとアメリカ、さらにロシア、トルコといった大国の思惑が渦巻く暗闘劇は今後も続く。クルド人とアラブ系部族、そしてイスラム国の残党を役者にして…。