アメリカ不法入国者の増加の新記録(古森 義久)

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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

移民の国、難民の国とも評されるアメリカ合衆国は建国時から外国からの入国者が国づくりの根幹となってきた。その結果、アメリカ政府はいまも外国からの入国希望者には寛容である。

しかし長年のそうした政策のために不法入国者の数が激増し、2000年はじめの時点では全米で約1100万人とも伝えられた。この状況は国内テロや犯罪の増加、経済面での一般アメリカ人労働者の圧迫などの問題をも生んできた。

アメリカ国政の場では、伝統的に共和党よりも民主党の方が外国からの入国者には寛大な政策をとってきた。とくに民主党のオバマ政権時代には不法入国者の数が増え、テロや治安悪化の原因にもなってきたとの指摘は広範となった。

その対応として共和党のトランプ政権はアメリカ・メキシコの国境に高い壁を建てる政策を採用した。だが民主党のバイデン大統領はこの政策に反対して、国境の壁の建設をただちに中止して、入国希望者に寛容な態度を打ち出した。

このバイデン新政策は中南米諸国からメキシコ領を抜けて、アメリカに入ろうとする入国希望者を激増させた。アメリカ側ではカリフォルニア、ニューメキシコ、アリゾナ、テキサスという国境沿いの4州に入国資格のない不法入国者がどっと入ってくるという結果をもたらした。

とくにテキサス州ではメキシコとの国境線を画すリオグランデ川を渡ってくる不法入国者をバイデン政権下の移民税関執行局はほとんど取り締まらないことから、地元の州当局への負担が過大となった。

その結果、2022年9月にはテキサス州のグレグ・アボット知事が不法入国者100人ほどを首都ワシントンに送り込んで、国境管理の最高責任者とされたカマラ・ハリス副大統領の公邸に直接の救済要請のアピールをさせるという緊急措置までとった。この行動はこの不法入国者問題を大きくは取り上げなかった民主党傾斜の大手メディアまでを動かし、全米的な関心が高まった。

その後、バイデン政権は各方面からの抗議に押される形で2022年末から23年にかけて国境での警備の強化や不法入国者の国外送還の増加などの措置をとった。その結果、不法入国の流れのいくらかの低下もみられた。

ところが23年夏になり、また不法入国者の数が増えてきた。ワシントン・ポストがバイデン政権の関係部局から得た情報として9月1日付で掲載した「不法入国者の逮捕が記録破り」という見出しの長文の記事がその現状を詳しく伝えていた。この記事の骨子は以下のようだった。

  • 8月中にアメリカ政府当局に拘束された不法入国者のうち親子、夫婦など家族の形をとる人間の数が9万1000人に達し、これまでの最高を記録した。これまでの不法入国家族拘束の1ヵ月最多は8万4000人だった。
  • 8月中にアメリカ側が拘束した不法入国者の総数は17万7000人と、これまた最高記録となった。今年6月は9万9000人、同7月は13万2000人だった。1ヵ月間に4万以上の急増となった。
  • 不法、合法を含めての8月のアメリカへのメキシコ国境からの長期滞在希望の入国者は合計23万人を記録した。この数字は2023年に入っての最高となった。それ以前にこの数字以上の入国者があったかどうかは確定できない。
  • バイデン政権が2021年に登場して以来、メキシコ国境からアメリカ側に入った不法入国者の総数は少なくとも700万人と推定される。正確な数は移民関税局などが公式の発表をしていない部分が多く、把握できない。

以上のようなワシントン・ポストの報道を受ける形で、民間の移民難民問題の研究機関「移民研究センター」のマーク・クリコリアン所長は「バイデン政権の非現実的な入国管理政策がこうした記録破りの不法入国という大混乱を生んだのだ」として、最近の不法入国者には家族とは別の単独の未成年も急増している、と指摘した。

未成年者の不法入国の場合、強制送還が寛容となり、その未成年者の家族が後から「人道上の理由」でアメリカへの入国が認められる場合が多いのだという。さらにその不法入国のメカニズムの背後には入国希望者から高額の報酬を得て、違法入国をアレンジする犯罪組織の存在も顕著だと、クリコリアン所長は強調した。

この不法入国者増加の現象は共和党側でも連邦議会の下院や大統領予備選の候補たちがバイデン政権の政策の失敗として糾弾している。

共和党側は最近の不法入国者には中国籍やロシア籍などの男女も増えてきた点を重視して、国家安全保障上の懸念をも強調する。とくに8月下旬に開かれた初の共和党予備選候補たちの討論会でも8人の参加者すべてがこの不法入国者問題を取り上げ、民主党への攻撃材料としたことが顕著だった。

こうした経緯からこれから本格化する次回の大統領選挙戦でも、この不法入国者問題についての議論が熱を帯びることは確実となってきた。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年9月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。