福島第一原発処理水放出はなぜ問題になっているのか:中国依存から脱却するには(藤谷 昌敏)

習近平国家主席 中国共産党新聞より

政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

8月24日~9月11日にかけて、東京電力によるALPS(多核種除去設備)処理水の放出が行われた。東京電力によると、汚染水が処理水と浄化される過程はつぎのとおりだ。

①再浄化処理
トリチウム以外の放射性物質について、そのまま放出しても規制基準を満たすレベルまで再浄化処理を行う
②処理水の分析
第三者分析を行い、トリチウム以外の放射性物質が告示濃度比総和1未満であること、およびトリチウム濃度を確認する
③海水希釈
トリチウムについて規制基準を十分に満たすよう海水で希釈する
④海域モニタリング
海水および水産物の海域モニタリングを強化し、測定結果は随時公開する

これらの過程を経た後、処理水の放出口付近において、「海域モニタリング計画」に基づき、海水、魚類について試料を採取し検査する。

さらに放射能の国際相互比較分析プログラム(国際原子力機関(IAEA)主催)への参加、放射能測定分析技術研究会、公益財団法人日本分析センター等との相互比較分析の実施。海域モニタリングの実施における農林水産事業者や地元自治体関係者等の参加や視察を依頼する。

環境放射能分析について国際標準化機構(ISO)の規格(ISO/IEC17025)の認定を受けている企業に海域モニタリングに参加してもらい、採取したモノと同一の試料を第三者として測定してもらうなど、測定の透明性・客観性を確保するために複数の措置を行う。(東京電力の処理水ポータルサイトより抜粋)

また、ALPS処理水中のトリチウムの年間の総量は、事故前の福島第一原発の放出管理値(年間22兆ベクレル)を下回る水準としている。

トリチウムは、国内外の原発・再処理施設においても発生しており、例えば中国の陽江原発では2021年度112兆ベクレル、韓国の古里原発では2021年度49兆ベクレル、カナダのダーリントン原発では2021年度190兆ベクレル、フランスのラ・アーグ再処理施設2021年度1京ベクレルなどだ。今回のトリチウムの年間総量22兆ベクレル未満という量は国際的にも低い水準だ。

国際原子力機関(IAEA)は、「東電が計画しているALPS処理水の海洋放出が人と環境に与える放射線の影響は無視できる」と結論付けた包括報告書を出したほか、グロッシ事務局長は、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出問題に関し、最近実施した原発近くの海水のサンプリングと分析では放射性物質トリチウムの水準が日本の制限値以下だったと説明した。

中国の処理水放出に対する強い反発

日本政府や東京電力、IAEAの細かな説明にもかかわらず、中国政府やメディア、一部の団体は、処理水放出に対して強く反発している。

例えば中国・新華社通信は、「東京電力が、過去に何度もデータを改ざんし、原発の安全上の問題を隠してきた「黒歴史」がある」とした上で、

処理水の処理方法として、蒸発させて大気中に放出する方法、電解処理する方法、パイプラインを通じて地中深くに放出する方法、固形化する方法など、さまざまな選択肢があるが、このうち、海に放出する方法が最もコストがかからない方法だ。

日本政府と東京電力が原発汚染水を海に流すという選択をしたことは、極めて利己的な行為であり、本来日本が負担し吸収すべき原発汚染水のリスクを、太平洋沿岸諸国や島嶼国、さらには全世界に広げるものであり、海の汚染の可能性と海洋生物と人命への脅威を犠牲にした犯罪である。

などと厳しく批判している。

また、日本の一部施設などに中国の国番号「86」で始まる番号からの着信が相次いだ。東京都江戸川区の区総合文化センターのほか、医療機関、飲食店など放出とは無関係な施設などに電話が掛かってきていることが確認されている。海洋放出への抗議とみられる。中国の交流サイト(SNS)では日本への抗議や、日本製品のボイコットを呼び掛ける投稿もみられる。

とうとう8月24日には、中国の税関総署が「日本水産物の輸入全面停止に関する公告」(税関総署公告2023年第103号)により、原産地を日本とする水産物(食用水生動物を含む)の輸入を全面的に停止すると発表した。輸入停止の理由は、東京電力福島第1原子力発電所のALPS処理水の海洋放出による食品への放射線汚染リスクを防ぎ、中国の消費者の健康と輸入食品の安全を確保するためとしている。

この日本の水産物全面輸入禁止について、帝国データバンクは、「中国に直接・間接的に輸出を行う食品関連の日本企業は727社(うち水産品関連企業は164社)である。727社のうち中国向け輸出の割合が5割超となっている企業の割合は55.9%で、中国の輸入禁止措置の影響は多くの企業に及ぶ」と発表した。

中国の水産物全面輸入禁止は食糧安全保障上の重要問題

中国の一連の拒否反応は、処理水をめぐる科学的データを無視した一方的な根拠に基づくもので、とても肯定できない。

今回の中国の措置は、日本が米国の対中先端半導体、先端半導体製造装置輸出規制に足並みを揃えたことに対する報復とみられるが、既に中国政府は8月から、半導体の材料となるガリウム(8種類)と樹脂や電化製品などに使われるゲルマニウム(6種類)の関連製品、さらに次世代半導体の基板などに使われる窒化ガリウムの輸出規制を始めていた。

今後、日本が米国とともに対中規制を強めれば、中国の報復はエスカレートし、レアアースの輸出禁止などの強硬措置に踏み出す可能性も否定できない。

日本政府は、今回の問題を単なる貿易摩擦と捉えるのではなく、食糧安全保障における重要問題と捉えるべきだ。

我が国がますます少子高齢化に進む中、国内市場のみを想定していてはいずれ国内の水産業と農業は限界が来る。我が国の農林水産業の発展と健全な経営を図るためには、海外市場を視野に入れた戦略的展開を目指さなければならない。

今回の輸入規制を契機として、日本にとって中国が安定した輸出先ではないことを認識し、これまで中国に過度に依存していた水産物や食品の輸出先を複数の国に分散して、米国や欧州、アジアにおける民主主義国との連携をさらに強化していくべきだろう。

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。