人生で取り返しが付かないのは経済格差より経験格差

黒坂岳央です。

「経済格差」という言葉はすでに広く浸透しているが、最近よく話題に上がるようになったのが「経験格差」である。

ニュースメディアやSNSでは「親が経済的に貧しいと、子供は学校以外の体験ができず将来的な経済格差につながりかねない」という「経済格差が経験格差の原因」という論調が多い。だが筆者は「必ずしもイコールではなく、別の取り扱うべきパラメータ」という違った視点を持っている。

そして40代以降の人生で最も大きなインパクトになるのは「経済格差以上に経験格差」だと思うのだ。

francescoch/iStock

お金がなくても経験値は貯められる

「港区の小学生はシンガポール旅行へ行く反面、そうでない小学生は京都旅行や広島旅行と経験格差が問題だ」という話がある。すなわち、資金力がそのまま体験の格差を生み出しているというものである。確かにお金で買える類の経験は数多くあるのの、お金をかけなくても人生を開眼するような経験はいくらでもある。むしろ、お金をかけない経験の方が圧倒的に人生を変える力があると思うのだ。

筆者は20代の頃はずっとお金がなく、南千住の日雇い労働者向けの宿や足立区の築50年のボロ物件に住んでいたこともある。その頃は「お金があれば人生は幸せになる」と思っていた。起業して資産運用を経て、いくばくかの経済的余裕を得た今思うことがある。それは「お金で不幸を消すことはできても幸福そのものを買えるわけではない」という「お金の限界」である。

外食で1000円以上にならないよう、「今ダイエットしてるから」と見栄を張って水とサラダしか食べられなかった頃もあったが、今は記念日などで1人5万円、10万円の食事をしてもそれだけで「ああ、幸せ」とはまったく思わない。贅沢が続けばあっという間に慣れて「当たり前」になる。限界効用逓減の法則は幸福論にも言える話だ。

筆者の人生を作っているのはお金をかけない経験である。寝る間も惜しんで独学して、英語や会計の勉強をしたり留学先で他の学生をライバル視して負けないように夜中まで勉強したり、図書館を使って20代で3000冊の読書をした。1ヶ月、車中泊で北海道一周の貧乏旅行へいったり、青春18切符でネットカフェに宿泊しながら、全国を旅してまわった。

節約レシピで発芽玄米、発芽大豆を圧力鍋で炊いてごま塩を振ったものをお弁当に持参して食べた経験が栄養学の知識の土台になってくれたり、料理の上達を目指す意欲の元になっている。

ゲーム雑誌にスーパープレイを寄稿し、短い間だがスーパープレイヤーの常連になったり、ゲーム大会に出場した。

こうした経験は大変だったが、楽しかったしこうした「お金をかけない体験」こそが自分を作ってくれているという感覚がある。

お金があっても経験貧乏になる

資金力があるからといって経験リッチになれるわけではないし、逆にお金を追い求めすぎると経験貧乏になるケースすらあると思っている。

たとえばクライアントワークのフリーランサーや、出世を意識して猛烈に仕事に打ち込むサラリーマンの中には「合理主義一辺倒」になってしまうことで、お金を得る代わりに他の体験機会のすべてを放り出している状態の人は意外と多いのではないだろうか。

実際に筆者の親族には年収1000万円超で仕事を優先する人がいる。子供を二人授かっても育児にはほぼまったく参加せず、会社に泊まり込む日が続いて無精ひげが伸びて帰宅した結果、父親ではなく不審者と間違われて子供に泣かれるということがあったようである。

自分はえらそうに人の生き方に講釈垂れることができるほど大物ではないし、人生はその人のものである。だが仕事を優先して実績とスキルとお金が手元に残っても、家族との時間や余暇の体験など何も蓄積しなければ、経験貧乏になってしまわないだろうかと思う。「経験」とは仕事に限った話ではないのだ。

そして経験格差の問題となるのは、加齢による意欲と体力の限界である。デスクワークばかりで家と会社の往復生活が続くと、旅行にいこうとか家族でゆったり時間を過ごそうとか文化的な知的シャワーを浴びようという意欲はどうしても減退するし体力も落ちてくる。そうなれば「今は忙しいから後で」で先送りになってしまい、いざ余暇の時間を得た時には一緒に楽しさを分かち合う相手も、意欲も体力も尽き果ててしまうということが起こり得る。経済格差は回避できても、経験格差がついてしまうわけだ。

年を取って経験貧乏になると、そこから巻き返して経験リッチになることは難しい。若い感受性の間にしか楽しめない経験はあまりにも多い。

40代、50代になると仕事の脂が乗って仕事優先になりがちで、体力の衰えもあって新たな体験をしようという意欲も衰えていく。そうなると日常のルーティン外の体験が何も蓄積しないままあっという間に何年、何十年と経過してしまう。手元に資金力がある・ないは関係がないとは言わないが、決定的な要因でもない。経験貧乏の怖いところは、遅効性で後から気づくという点にある。仕事が面白くなる、責任が重くなるタイミングで仕事以外の経験リッチになろうと考える余裕がない場合も多いと思うが、人生は一度きりだ。仕事以外にも積極的に経験を取りに行くことを勧めたい。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。