冷戦時代、毎朝、目を覚ますと自宅に届く日刊紙プレッセとクリアに先ず目を通し、朝食後はドイツのヴェルトを読み、余裕があればフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)とスイス紙の高級紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)にも必要な記事には目を通した。週刊誌ではシュピーゲルを予約し、そのほか、オーストリアの週刊誌プロフィールやドイツのフォークス、そしてカトリック系週刊誌などを愛読していた。
当方は新聞が好きだった、というわけではないが、毎朝届く新聞は貴重な情報源だった。30年前以上の話だ。それがインターネットが登場して、世界のメディアが激変した。それに呼応して、当方の情報源も紙媒体の新聞・雑誌から次第にネットへと変わっていった。現在はシュピーゲル以外は紙媒体は予約せず、もっぱら日刊紙の電子版を読んでいる。歳をとるにつれ、新聞の活字を追うのが億劫になったうえ、インターネットから入る情報のほうが早く、コンパクトだからだ。
新聞などの紙メディアの終焉が近い、ということはここ10年前ごろから言われてきたことだ。ところで、秋の賃金交渉に先駆け、オーストリアで紙メディアを経営するメディア業界は27日、「ジャーナリストとは賃金や待遇など労働条件の労働協約を解約する」と決定した。その理由は紙コストの高騰など経営問題も含め、紙メディアを取り巻く状況がこれまで以上に厳しくなってきたからだという。もちろんジャーナリスト労組は強く反対している。
アルプスの小国オーストリアでもインターネット・メディアの攻勢もあって紙媒体のメディア業界は存続の危機に直面している。その象徴的な出来事は、今年6月30日を期して世界最古の日刊紙ウィーン新聞(ヴィーナー・ツァイトゥング)が紙媒体からオンライン電子版に移行したことだ。
同紙は1703年に始まって2023年まで320年の歴史を有する「現在まで発行している世界最古の日刊紙」と受け取られてきた。320年間といえば、神童モーツァルトも楽聖ベートーヴェンも同新聞に目を通していただろうし、ハプスブルク王朝の栄枯盛衰を目撃してきたことになる。第1次、第2次の世界大戦を目撃し、1938年以降はヒトラーのナチス政権をフォローしたはずだ。同国が誇ってきた世界最古の新聞の終焉を告げる出来事は「時計の針をもはや戻すことはできない」ことを改めて追認させたわけだ。
紙媒体のメディアは2010年には74紙があったが、2022年には53紙に減少した。例えば、今年に入りウィーン新聞のオンライン化、来年にはオーバーエステライヒ州の国民党機関紙フォルクスブラット(Volksblatt)も紙からオンラインに移行する、といった具合だ。
ドイツのメディア業界の専門家たちは、「10年後にはドイツでは紙の日刊紙はなくなるだろう」と予言しているが、オーストリアのメディア問題専門家カルテンブルンナー氏は27日、オーストリア国営放送(ORF)の夜のニュース番組の中で、「ドイツが10年とすれば、わが国は13年後には同じような状況になるだろう」と述べていた。
例えば、新聞を毎日読む年齢層を調査したところ、60歳以上は依然、70~80%が新聞に目をやるが、14歳から19歳の若者は30%と少ない、若い世代はもっぱらインターネットのオンライン情報に集中し、紙の日刊紙を金を払ってまで読む習慣はない。ということはその若い世代の10年後、新聞を読む人が更に少なくなることは一目瞭然だ。
米紙ニューヨーク・タイムズは久しくオンライン購読者の獲得に力を入れ、現在は同紙の購読者の80%以上がオンライン購読者だ。ローカル紙だった英紙ガーディアンが世界の主要メディアにまで発展できたのもインターネットへの進出があったからだ。
10年後、長くても15年後には、日刊紙の紙媒体は消滅するだろう。昔の紙媒体の新聞を読みたければ、国立図書館に行くしかない。情報を提供するメディア側は毎日の情報を電子版で報じ、週刊誌、月刊誌の紙媒体で詳細な情報を提供する、といった「日刊紙」と「週刊誌・月刊誌」の間で暫くの間、棲み分けが進むのではないか。
人間は情報への願望を持っているが、カルテンブルンナー氏は、「新聞が報じる情報を信頼すると答えた人は全体の40%に過ぎず、60%が情報の信頼性を疑っている。特に、新型コロナウイルスが席巻した過去3年間で多くの人はメディアが報じる情報を疑い出してきた」と述べている。「情報とその信頼性」はメディア業界が抱えているもう一つの大きな問題だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。