「宇宙開発」に言いたい幾かのこと

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宇宙開発の目的の中に「生命の起源を宇宙に探る」というのがよく出てくるが、筆者にはあまり説得的に聞こえない。はっきり言えば、大きな予算を使う宇宙開発を、正当化するための一つの口実なのではないかと疑っている。

なぜなら、もし生命の起源が地球外のどこからかやって来たとしても、じゃあ、その生命はどこでどうやって生まれたのか?と言う疑問にぶち当たるからだ。つまり、問題を解決したことにはならない。議論は堂々巡りになり、結局は元に戻ってしまう。

それと、地球外生命の痕跡を探る条件として、水・有機物・エネルギー源の存在が挙げられる。確かに、これらは生命現象の必要条件ではある。最近、小惑星の採取試料からアミノ酸などの有機物が発見されたことで、俄然この件が注目されている。しかし実際には、アミノ酸などから生命体への道は、とてつもなく遠いのだ。

まず、アミノ酸程度の簡単な有機物なら、非生物的な過程でも合成され得ることは、種々のラボ実験で分かっている。タンパク質の基本単位であるアミノ酸、DNAやRNAのそれである核酸などは原始地球においても、深海底とか火山爆発、隕石衝突時などの高温高圧発生時に合成された可能性は、かなりある。

しかし、問題はこれからだ。天然のアミノ酸は主要20種あり、タンパク質はそれらアミノ酸が数百個以上も連なった高分子化合物である。最も小型のタンパク質の一つ、インシュリンでさえ約150個ほどのアミノ酸が連なっている。これを人工的に化学合成することは現在は困難で、組換えDNAを使って大腸菌内で合成させることは出来る。

ここでの主な問題点は四つある。第一、20種もあるアミノ酸類を、一渡り全部、必要なだけ用意することが容易でない。アミノ酸類が、非生物的な化学反応で偶然にできるとすれば、タンパク質合成に必要な全種類が揃うのは、奇跡に近い確率だろうと思う。

第二は、そのアミノ酸配列を、どのように決めるかだ。天然のアミノ酸は約20種あるから、そのタンパク質がn個のアミノ酸で出来ているとすれば、その順列組合せは20のn乗通りある。アミノ酸3個のペプチドでさえ、20の3乗=8000通りある。インシュリンの場合、20の150乗通りなど、気の遠くなる数である。

しかも、アミノ酸150基など可愛いもので、天然のタンパク質にはもっと巨大なものが幾つも知られている。アミノ酸数千基にもなる。かつ、発見されているタンパク質のアミノ酸配列は、目的に応じて厳密に決められており、中のアミノ酸が1個でも違うと構造が変わり、機能が異なったりする。タンパク質工学が難しいのはそのためだ。

例えば、ヒトインシュリンとブタインシュリンは、構成アミノ酸が1個だけ違う。それで多くの場合、ブタインシュリンをヒトに適用できるのだが、中には敏感な人がいてアレルギー反応を起こす場合がある。タンパク質中のアミノ酸配列とは、それ程にも厳密なものなのだ。

一体、誰がどのようにして、自然界にある無数のタンパク質のアミノ酸配列を決めたのだろう?順列組合せが膨大に多いので、1個ずつ試す時間はないはずだ。その種の計算をすると、宇宙の寿命45億年を簡単に越えてしまうらしいから。何か、配列を決める特別な仕組みが要る。

第三は、アミノ酸配列が決まったとして、自然界では、それに応じたmRNA(遺伝子が発現して生成される)とリボソームと言うタンパク質合成用の分子機械が働いて合成される。リボソームは数本のRNA分子と50種類ほどのタンパク質からなる巨大複合体だ。これがないとタンパク質は合成できない。とすると、最初のタンパク質は、どうやって合成されたのだろう?

そして第四に、DNAまたはmRNA上の塩基3個の並び(コドン)と、アミノ酸の対応関係は厳密に決まっていて「遺伝暗号表」として解読されているが、その対応関係自体は、どのようにして形成されたのか不明である。この、遺伝コードの起源についての議論は、現代生命科学の最先端の話題の一つであるが。

核酸についても似た問題があり、DNAを複製するには、その鋳型となるDNAと、ポリメラーゼと言う巨大酵素(=タンパク質)が必要なのだ。であるならば、最初の長鎖DNAは、どうやって作られたのか・・? これらはいずれも、現代生物学上の大きな謎である。

もちろん、現在の自然界に見られるような、核酸・タンパク質の高度な複製システムが一度に形成されたはずはなく、最初はごく原始的な形態があり、それが分子進化的に変化していったと考えるのが自然である。ただしその具体的な姿は、種々の理論が提出されているとは言え、解明にはほど遠いのが現状と言える。

さらには、最も原始的な生物の一つである原核生物の大腸菌一個でさえ、5000種類もの化学物質(うち約3000種はタンパク質)を含み、細胞壁・膜、鞭毛その他の複雑精緻な構造体を成しているが、これらがどうやって形成されたのかも全く解明されていない。さらに進んだ真核生物となると、内部構造が格段に複雑なので、これがどうやってできたかは全くの謎である。

つまり、核酸やアミノ酸が見つかったと言っても、そこから実際の生命現象へは、未だ乗り越えるべき難問が幾重にも積み重なっているのだ。それに迫るには、宇宙ではなく、地球の火山や深海を探る方が早いのではないか、というのが筆者の予想である。言いたいことは、宇宙開発の「口実」に「生命の起源」などを使うな!と言うこと。生命の起源を探るなら、生命に満ちたこの地球上でこそ、探るべきだ。

もう一つ言いたいのは、宇宙開発に有人飛行は不要ではないのか?と言う点だ。実際の惑星探査などを見ても明らかなように、長期間を要する現実的な宇宙探索には無人機で必要かつ十分であり、人間が危険を冒して宇宙に飛び出す必要はもはや小さくなっていると思う。

宇宙空間は人間の生存条件を全く満たさないから、宇宙船や宇宙服は厳密・堅牢で、故に非常に高価だし、生命維持のための仕組みにも大きな労力を割くことになる。本性上、人間は食べて呼吸し排泄する生き物であるから。宇宙空間での食料自給などまだまだ夢物語なので、結局は必要量を地上から供給するしかない。無人機ならば、これらが一挙に全部不要になる。

そもそも、人間が宇宙に行って、何をしてきたと言うのだろう?アポロ宇宙船で月面に降り立った飛行士たちがやったことは、旗を立て足跡を残してきただけではないのか?未踏峰の高山に初登頂したときのように。それは確かに「偉大な一歩」であったかも知れないけれども。

「宇宙ビジネス」と言うが、お金持ちが地球外を回ってきて「ああ、面白かった!」と言うだけの事業ではないのか? 遊園地で巨大ジェットコースターに乗って興奮するのと、本質的にどこが違うのか、筆者には分からない。

実質的に役立つのは、通信衛星や資源探査用機器類であり、これらは全て無人機である。人間は今のところ、地球の近辺を周回しながら、地上と通信したり中で実験したりしているだけだ。これらの大半は、今なら進んだロボットで代替できる。人間がわざわざ行くまでもない。まして、今後はAIが進歩した世の中だ。

人間は、最も近い天体である月にさえも行って帰ってくることが容易でなく、歴史上まだ1回しか実現していない。またやろうとする試みはあるが、膨大な資金・資源・エネルギーを消費する事業になることは間違いない。さらには火星に「移住」するなどの話もあるが、行けるものなら行ってご覧と言いたいくらいだ。大気も水もろくになく、緑が全くない世界で、どうやって生きてゆけるのやら、筆者には想像もできない。

マスコミ等は、こと宇宙開発になると「夢だロマンだ」と燥ぎ立てるが、宇宙開発は元々軍事技術の応用だったし、今でもそうである。別に北朝鮮を持ち出すまでもなく、ロケット開発とミサイル開発はほぼ同義である。膨大な予算を要するので「原子力の平和利用」と類似の論理で飾りたて、有用であることを強調するが、その本質は「スター・ウォーズ」である。

結論として、宇宙開発は、無人機による平和利用目的に限るべきだ。そしてその前に、地上において人間がやるべきことをしっかりやり遂げてから、宇宙に目を向けて貰いたい。つまり、貧困や飢餓、疫病などの解消、環境汚染の緩和、資源枯渇への備え等々である。

この論考は、宇宙関連の研究者・技術者等からは冷たい扱いしか受けないと思う。罵詈雑言が多数飛んでくるかも知れない。研究予算等に直接響く話だから。しかし筆者は、一介の隠居老人なので、個別の利害関係からは全く離れた立場で議論をしている。その議論が、日本国民特に孫の世代の若い人々、あるいは世界の人々にとって有益かどうかだけが、判断基準なのである。