始まったインボイス制度:影響があるのは免税業者ではない

色々な意見が飛び交うインボイス制度がとにかく始まってしまいました。これに一定の興味があるのは事業をしている人だけで一般的なお勤めの方や主婦、学生、リタイア層には無縁で「なんのこっちゃ」に近いのかと思います。しかし、個人事業主や個人事業主と取引をしている会社には結構面倒くさい話です。

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そもそもの発端は何か、といえば免税業者と称される特例があることです。個人事業主で年間の売り上げが1000万円に満たない人は免税業者であり、預かった消費税は納税しなくてよい、こんなおいしい話がまかり通っていたことから税当局は「それはずるいよね」という正義感より「もらえるはずの税金がとれないのは勘定奉行としてとんでもないことだ」というわけです。

分かりやすい例です。シャッター街と化した店先を借りたいという事業者に年老いた夫婦はどうぞ使ってください、と賃貸しします。賃料は月7万円。借り手はしっかりした会社です。借り手は賃料として7万円プラス消費税7000円を払います。ところがこの老夫婦は他に年金ぐらいしか収入がなく免税対象なので本来7万円しかもらえないはずの賃料が1割増しでもらえることになります。貸した当初は「へえ、得したねぇ、ばあさん」だったのですが1年も経てば1割増しは既得権になるのです。人の認知の変化は怖いものです。

問題は今までは賃料を払ったこの事業者は7000円を税額控除出来たのです。つまり、売り上げに立つ預かった消費税から支払った消費税を差し引くという作業です。これが経過措置こそあるものの実質出来なくなるのです。つまりこのインボイス制度の最大の特徴はもらう方ではなく、払う方にデメリットが生じるのです。では、この年老いた夫婦に「お宅、登録業者じゃないですよね、なのでお借りしている店舗を引き払います」といえるかということです。その場所で事業が成り立っていれば継続してお借りしたい、だけど税額控除が出来ない、そういう話です。

街中で自転車やバイクで飲食店の出前を運ぶギグワーカー。多くは20代の若い方で中には「俺もちょっとやってみるか」的な軽いノリで始める人もいると思います。もちろん、年間1000万円の収入があるかといえば、配達でそこまで達成できる人は少ないでしょう。そもそも一種のアルバイト的な起業のノリなのに「登録業者、なにそれ?」です。

ではその元締めの配達斡旋業者は今後どうするのでしょうか?いままで彼ら配達員に払った支払い分の税額控除が出来ない公算が高いのです。つまり、配達斡旋業者にとり実質的なキャッシュフロー悪化=コスト増的改悪です。これを配達業者が吸収してキャッシュフロー減になるのか、消費者に応分の負担を強いるか、どちらかです。

そもそもこんな仕組みを今更導入するのは日本ぐらい、とされます。つまり遅れていた制度であり、ようやくそこに踏み切ったか、という点では評価されています。ではなぜ、違和感が多いのでしょうか?

2つあると思います。1つは免税業者とされる零細個人事業主が日本に非常に多く存在しているのです。街中で見かけるほとんど客が入っていなそうな店や週末だけ開く定年退職後に開店した蕎麦屋さんなど、いくらでも存在します。99.7%が中小零細企業の日本には免税業者が460万件あるとされます。大人20人に1人ぐらい免税事業者がいるのです。この対応はたやすくないし、繰り返しますが、影響があるのは免税業者ではなく、そこと取引する会社なのです。「弊社は免税業者さんとはお取引は遠慮させて頂いております」がまかり通れば「勘定奉行の酷い改定だ」との声も出てくるでしょう。

もう1つは日本人に自主的な確定申告と納税の仕組みが十分に備わっていないことがあります。これは勤め人の場合、会社が源泉徴収をして、納税もしてくれるので他からの収入がない限り「確定申告は金持ちの証」ぐらいの感じなのです。私が住むカナダでも会社が税務申告代行などしてくれませんので年が明けた2月から3月は申告を各自が否が応でもやらねばならないのです。

ただ、最近は日本でもネットで簡単にできますが、カナダでも税務申告ソフトが発達していて給与収入などは支払ったほうからの情報を基に勝手に計算、表示されるところまで進化しています。つまり自分の納税番号を入れれば自動的に「あなたの今年の年収は〇ドルでその内訳はこうですね」と一発で出るのです。銀行預金の利息も出ます。出なくて面倒なのが証券取引の損得でこれは手動で入れています。それでも税務申告とはほぼ控除の金額をインプットするだけに近いのです。日本がそこまでシステムを作り上げれば大したものでその時点でインボイス制度の仕組みが完成すると言ってもよいのでしょう。

私の日本の会社は当然ながら登録業者。様々な影響はあるため、税理士とも調整しながら試行錯誤ししながら対策を進めていくことになりそうです。大企業同士のBtoBなら問題ないのです。世の中、様々な取引が存在していることを勘定奉行はどう認識しているか、そしてその導入を間違えると起業に消極的になったり人材確保が難しくなったりする負のサイクルがあることも認識すべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年10月2日の記事より転載させていただきました。