ビッグモーターの異常なトラブルから考える、正しい歩合給(林 秀樹)

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終わりの見えないビッグモーターの保険金不正請求事件

今年5月、中古車販売大手ビッグモーターで保険金の不正請求事件が発覚した。顧客から預かった車両に故意に傷をつけて不必要な修理をした上に保険金の水増し請求をした事件だ。そのあまりに異常な手口から多数のメディアで大きく報じられた。

大手損害保険会社まで巻き込んで一向に収まる気配を見せない。業界二位のネクステージでも同様のトラブルが発生して社長が辞任するなど、中古車業界全体の信頼性が地に落ちている。

ゴルフボールで車を壊した、保険金を過大に請求したといった部分が特に注目されているが、これらのトラブルの背景には雇用に関する問題がある。特に注目すべきはノルマと歩合給の扱い方だ。

雇用に関する専門家である社労士の視点からこの問題を考えてみたい。

ビッグモーターの店舗 同社HPより

組織ぐるみの不正を生んだ原因は何か?

ビッグモーターは次から次へと新しい問題が発覚したが、特に労働問題に関してはさながら疑惑の総合デパートだ。

パワハラや不当な降格処分、転勤命令・退職勧奨の名を借りた不当解雇などだ。

ビッグモーターの問題は「組織ぐるみの不正」と言われているが、その原因が売上至上主義であり、過酷なノルマ設定から生じる恐怖政治のような経営スタイルにある。

ビッグモーターでは不正に手を染めなければ到達が難しい不合理で過大なノルマを与えられていたという。ノルマを達成できないと、パワハラ・不当な降格処分・転勤命令・不当解雇などが待っている。

何としてもノルマを達成しなければとの思いから、誰かが考え出した不正な手法が全社に広まり、経営者も役員も徐々に感覚が麻痺していったのだろう。

こう書くとノルマが悪いかのように聞こえるかもしれないが、決してそういうことではない。「ノルマの扱い方」に問題があるのだ。

恐怖政治のような経営は許されない。

呼び方はノルマでも目標でもいいが、そもそもノルマや目標のない会社は存在しない。経営者も従業員も一定のノルマや目標を課して働くことはどの会社でも当然のように行われている。

しかし過度な緊張感から良い仕事は生まれない。過大なノルマと、ハラスメントなどの恐怖政治のような経営手法から良い仕事は生まれないのだ。

厚生労働省が令和2年に発表した「職場のハラスメントに関する実態調査」では、以下のような職場からパワハラが起こりやすいというデータが公表されている。

  • 上司と部下のコミュニケーションが少ない
  • 長時間労働が蔓延している
  • 失敗が許されない

典型的なブラック企業といった職場環境だ。

「歩合給」はブラック企業の象徴なのか?

ビッグモーターに限らず、ノルマが社員に課せられる会社は珍しくない。そんな会社で多く見られる賃金制度が歩合給である。歩合給がどういう賃金制度か改めて説明したい。歩合給とは、社員が出した成果(売上や契約件数)に応じて賃金額が決まる制度である。

カーディーラーの営業マンを例に考えてみよう。営業マンが会社と、自身の売上の10%を給料として受け取る契約を結んだとする。その営業マンが1000万円のベンツを1台売れば、10%の100万円を給料として貰うと説明すると分かりやすいだろう。当然ビッグモーターにも歩合給があった。

ただ、この歩合給がブラック企業の象徴のように語られることが最近増えてきた。基本給などの固定給が極端に低く抑えられ、歩合給の割合が高すぎると、無茶な営業活動をするなど不正行為に結びつくことも少なくない。このような理由から、歩合給を取り入れている企業はブラック企業と見られがちだ。

2022年8月、引越し業界大手サカイ引越センターの労働組合が、5万円に抑えられている基本給の引上げを求めて記者会見を開いた。サカイ引越センターの賃金制度も、低い基本給と歩合給という組み合わせだった。

これほど有名な会社で、基本給が5万円というニュースのインパクトは非常に強かった。このようなニュースが流れると「歩合給を導入している企業=ブラック企業」と思われても仕方ない。

歩合給を即ブラック企業に結びつけるのは間違い

ビッグモーターやサカイ引越センターのニュースの影響で「歩合給を導入している企業=ブラック企業」というイメージが持たれてしまう場合もあるが、歩合給を即ブラック企業に結びつけるのは間違いだ。

誤解されることも多い歩合給だが、適切に導入すれば社員のモチベーションを上げる賃金制度になりうる。一方で、適切に導入がされていないと、ビッグモーターのような事件の引き金になり得る賃金制度であることは確かである。

では歩合給がうまく機能しているのはどんな企業か?歩合給が導入されている割合が高い業種・職種をいくつか挙げてみたい。

運送会社やタクシー会社のドライバー。保険会社、車のディーラーなどのセールス関係の会社などだ。こういった会社は当たり前のように歩合給が導入されており、社員から大きな不満も出ていないケースも多い。

もちろん、社員もそれを分かったうえで入社しているからという側面も大きいが、こういった業種では歩合給の割合を減らしすぎるとむしろ社員から不満が出るケースもある。

「頑張っても給料が変わらないならやりがいがない」
「自分の実力で稼ぎたいからこの仕事をやっているのに」

頑張ったら高賃金で報いて欲しい、自分のスキルアップが高収入に結びついて欲しいと考えるのは当然だろう。

歩合給を導入していない会社は、昇給や昇格で社員のニーズを満たし、歩合給を導入する会社は、社員が上げてきた成果に直結する賃金制度で報いる。どちらが良いかは働く側が選べば良い。

社員のニーズに合っているのなら、そして違法行為がなければどちらのやり方でも問題はない。

では、ノルマや歩合給をどのように運用している企業が絶対に避けるべきブラック企業なのか? これは後半で説明したい。

林 秀樹 社会保険労務士 林労務経営サポート代表 株式会社エンパワーマネジメント代表取締役
社会保険労務士。林労務経営サポート代表。株式会社エンパワーマネジメント代表取締役。1972年生まれ。2001年に社会保険労務士事務所「林労務経営サポート」を開業。2018年に人事コンサルタント会社「株式会社エンパワーマネジメント」を設立。訴えられない会社作りをモットーに、他の社会保険労務士が敬遠しがちな「運送業の未払い残業代対策のための賃金制度作成」「問題社員対応」等を得意とする。「1DAY就業規則作成サービス」を開発し全国各地に顧問先を持つ。上場企業で企業リスクに関するセミナー講師の実績も多数。
公式サイト http://hayasisupport.net/
Facebook https://www.facebook.com/hideki.hayashi.904108

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年10月11日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。