中国に籠絡されるネトウヨたち:英利アルフィヤ議員当選無効裁判に想う

清水 隆司

HideyukiSuzuki/iStock

不当な攻撃にさらされるアルフィヤ氏

今年4月23日に投開票が行われた衆議院補選千葉5区(市川市・浦安市)で当選を果たした自由民主党(以下、自民党)所属英利アルフィヤ議員自民党公式サイトから転載の「当選無効」を求めて千葉県選挙管理委員会を相手取って5月22日東京高等裁判所に提訴した人びとがいるらしい。

7月13日に第1回口頭弁論が行われたようで、「愛国女子見習い中」を自称するLIZZYという方が口頭弁論後の原告顧問弁護士と原告による司法クラブでの記者会見動画をYouTubeにアップしている。

動画内で原告側弁護士杉山程彦氏が主張する提訴の理由は、以下の三点。

  • アルフィヤ氏の得票数のうち約15%が疑問票だった
  • 一般有権者は疑問票のチェックをできて然るべき
  • 依頼人たち(原告)は選挙の公正性に主眼を置いている

同じ動画で原告のひとりはこう語っている。

選挙の結果が公平であるか、市民が確認することを第一目標にしている

私は浦安市の選管の方に聞きに行った状態なんですけども、アとヤを間違えた、とそうした方が非常に多かった、ということを言っておりました。アルフィヤではなく、アルフィア、と書いた。アとヤって似てるでしょ? こう、上突き抜けるか、突き抜けないかでアとヤが変わりますよね、と言われたんですが……

原告の口振りは不服そうだが、原告の訴えに共感して動画を作成した、と思われるLIZZY氏自身が動画タイトルと字幕で「ア」と「ヤ」を間違えて「アルフィア」になっているのは、まぁ、ご愛敬、といったところか。

動画タイトル『えりアルフィアジャンプ裁判』はおそらく「バイデンジャンプ」という語を模しての命名なのだろう。2020年のアメリカ大統領選挙後トランプ候補を支持していた人びとの間で囁かれた言葉で、選挙結果の集計中バイデン候補に投じられた票が短時間で激増したのは、不正がなされたことの証しだ、という根拠不明の信念にちなんで生まれた造語だ。

ところで、裁判の原告や動画作成者のLIZZY氏、この裁判に意義を見出し第一回口頭弁論の傍聴席に駆けつけた人びとは、本当に「選挙の公正性」を問題にしているのだろうか。答えはLIZZY氏が作成したもう一本の動画を見れば明白だ。以下の動画を冒頭の2分18秒だけ見てみてほしい(それだけで充分)。

訴状における請求の趣旨は「開票結果の無効」となっているが、動画を見る限り、要はアルフィヤ氏の当選をなかったことにしたくて起こした裁判、という本音が透けて見えるように思う。

動画の中で顔にぼかしをかけ熱弁を振るっている方が、10年も前から中国工作員の日本でのアジトや活動内容を把握していたのなら、その調査能力は卓越している。すぐにも公安警察か話題の陸上自衛隊別班がスカウトすべきだ。きっと素晴らしい成果をあげてくれるに違いない。

この裁判、二度の口頭弁論を経て、9月7日にもう判決が出ている。判決——原告の訴えを棄却し、裁判費用は原告負担とする……。

2022年参議院通常選挙に比例代表で立候補(結果は落選)して以降、アルフィヤ氏ほどSNSなどを通じて悪辣な中傷にさらされてきた候補者をほかに知らない。あまりに手ひどく執拗な誹謗が続いていたので、義憤に駆られ、機会があれば、アルフィヤ氏を擁護する記事を書きたい、と考えていた。

発信者のほとんどが俗に「ネトウヨ」と揶揄される類の人びとだ。著名人で代表格といえば、百田尚樹氏あたりだろうか。

百田氏は、アルフィヤ議員が衆院補選立候補に当たり「通名」を使用していたことを問題視している。ちなみに通名を使用すること自体は条件付きで認められている。立候補の届け出書類には戸籍簿に記載された氏名を書く必要があるが、「通称認定申請書」をあわせて提出して、認められれば、通名使用になんら問題はない。

百田氏のほかにも元衆議院議員丸山穂高氏がアルフィヤ氏についてこんなツイートをしている。

このふたりの批判に関しては、アゴラ編集部がすでに記事えりアルフィヤ候補に「二重国籍」などのデマが拡散を書いている。

えりアルフィヤ候補に「二重国籍」などのデマが拡散
千葉5区の補欠選挙に自民党から立候補していえりアルフィヤ候補。両親がウイグル出身で、アメリカの大学で学び、日本に帰化したという複雑な経歴ですが、これを民族差別のネタに使う人が絶えません。 「二重国籍」ということはありえ...

記事の結論は——。

百田尚樹氏の批判 → アルフィヤ氏は理由を説明している
丸山穂高氏の批判 → 二重国籍はデマ

その百田氏は9月13日深夜に「日本保守党」なる政党の立ち上げを発表した。今月17日に正式結党の予定らしい。軽く眩暈がする。

アルフィヤ氏は中国のスパイ?

アルフィヤ氏を受けいれられない人びとのほぼすべてが彼女に対し同じ疑惑を抱いている。アルフィヤ氏が中国の政治的工作員——スパイなのではないか、というのだ。

彼らの言い分を列挙したうえで、真偽を検証してみたい。

【疑惑1】日本と中国が戦争状態になった場合、日本のために戦う、と明言しなかった

2022年の参院選の際、選挙取材で有名なフリーライター畠山理仁氏との電話対談で以下のようなやり取りがあった。

畠山氏:ご親戚が中国国内にいらっしゃるようですが、日本と戦争状態になった場合、日本のために中国と戦うことができますか? っていう想定の質問が来ているんですけど。

アルフィヤ氏:差別的な質問ですよね。すごく。

アルフィヤ氏:日本の政治って、まだまだ多様性がないよね。また、その、なんでしょうね。英利のルーツがウイグルにあるから、ウイグルの英利にウイグルを聞くっていうのも、私もどうなのかな、と思っていて・・・。

この質問を畠山氏に寄せた人物とネトウヨ系の人びとがアルフィヤ氏にどんな回答を期待していたかは、想像するにたやすい。しかし、アルフィヤ氏は、その意を上手く汲みとれなかったようで、「差別」「多様性」といったネトウヨが忌み嫌う言葉を使い保守的な質問にリベラルな回答をしたせいで、無用な反感を買い、彼らの妄想を膨らませる結果を招いてしまった。

もしアルフィヤ氏が、本当に中国のスパイで、選挙での勝利を最優先していたならば、却って力強くこう宣言してみせただろう。

「自ら日本国籍を選択した愛国者として中国とは断固戦い抜きます!」

本当のスパイなら、平気で嘘をつけるし、嘘の政治宣言をしたとしても、そのことで自身や親族に危害の及ぶ危険性などまるでないことを充分理解できていたはずだからだ。

【疑惑2】親中派の河野太郎氏から手厚い選挙支援を受けた

河野氏は親中派、というのがどうやらネトウヨの共通認識らしい。本当だろうか。外国にへつらって「良識派」の看板を手に入れ、政界引退後も親中どころか「媚中」活動に精を出している「河野談話」でお馴染み河野洋平氏の子息、という事実が河野氏の政治家としての評価に悪影響を及ぼしている可能性は、多分にあるような気がする。親の因果が子に報い……。まさに負の遺産。

河野氏が安倍内閣で外務大臣を務めた2017年、中国による南シナ海の軍事拠点化を巡って中国外相との応酬を伝えたニュース動画がある。

安倍内閣の防衛大臣だった2020年には、中国が反体制的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」を可決したことについて中国を批判しているニュース動画もある。

ネトウヨのみなさんは、これらの動画を見てもまだ河野氏が親中派に思えるのだろうか。

ネトウヨの間で共有されている河野氏親中派疑惑はもうひとつある。河野氏がエネルギー政策で「脱原発」を掲げているのは、弟・河野二郎氏が経営する太陽光発電に関わる中国との合弁会社を潤すためだ、というのだ。企業名は日本端子。その名の通り端子やコネクタを製造する会社だ。

二郎社長は2019年に出演した企業情報番組日本端子株式会社の中で自社製品についてこう述べている。

私たちの商品の80%は車に使っていただきます・・・

日本端子の傘下には確かに太陽光発電に関連する中国との合弁会社があるようだが、収益に占める割合は最大でも20%以内、ということになる。20%は大きな数字? そうかもしれない。だが、ネトウヨ並みの自称保守議員も所属している自民党の総裁選に立候補するような人物が、中国との癒着疑惑などと痛くもない腹を探られるリスクをあえて取るだろうか。

河野氏の政治資金収支報告書には2020年まで日本端子から献金を受けた記載があるが、政治資金規正法に反するような金額ではない。

河野氏がアルフィヤ氏の選挙を応援したのも母校であるジョージタウン大学の後輩だから、という以上の意味はないだろうし、親中派勢力拡大のための工作活動だ、というネトウヨの主張はいくらなんでも逸脱が過ぎるとしか思えない。

【疑惑3】帰化一世なのに帰化二世を装うような発言をした

アルフィヤ氏は第26回参院通常選時にこう発言した。

日本に帰化した両親の元に生まれ、私も日本人として育ってまいりました。

動画も残っている(開始32秒)。

帰化二世を装ったのだろうか。装ったのかもしれない。同胞と見做してほしさに、つい……。好ましくはないが、「罪」とまでいえるだろうか。アルフィヤ氏はその後発言を訂正している。

【疑念4】アルフィヤ氏の父親は中国政財界に人脈を持っているらしい

ネトウヨのみなさんは、中国マーケットが欧米や日本並みのフェアな市場だ、と考えているのだろうか。もしそうなら、あまりにも中国を買いかぶっている。

アルフィア氏の父親は2018年ニトリホールディングスの執行役員に就任した。前職はTOTOの中国事業部長。ヘッドハンティングされたようだ。中国マーケットに精通していたからだろう。当然独自に築いた中国での人脈も評価基準に含まれていたはずだ。

昨年までに中国進出した日本企業は約1万2700社。それらすべての企業が中国政財界に人脈を築くことに傾注しているのは間違いない。中国共産党による一党独裁下での社会主義市場経済(意味不明)という特殊なビジネス環境に有力な人脈が不可欠になるのは、誰が考えても歴然としているからだ。

【疑惑5】20歳未満では帰化条件を満たしていないため日本国籍を取得できるのは不可解

不可解でもなんでもない。国籍法国籍法第五条の条件を満たした両親と一緒に家族で帰化申請すれば、同法第八条一号に該当するものとして日本国籍を取得できる。

以上がアルフィヤ氏に関する主な「疑惑」と検証結果だ。疑いは晴れただろうか。

これでもなお疑惑が拭えない方はぜひ以下の設問に答えてみてほしい。

  • 新彊ウイグル族出身の国会議員が日本に誕生することを中国は望んでいる?
  • 新疆ウイグル族出身者は他国でスパイ活動に従事するほど中国に愛国心を持っている?
  • 新疆ウイグルに住むアルフィヤ氏の親戚は独裁国家中国の人質ではない?

すべての設問に「YES」と答えられないなら、アルフィヤ氏への批判は論理性を欠いている。

中国のシャープパワーに対抗するには

「日本の安全保障上最も脅威になる国が中国」という認識において、ネトウヨのみなさんとの間に見解の相違はない。在外中国人の反政府活動を監視する秘密警察の存在が各国で報告されているが、昨今とりわけ顕著なのが「認知戦」と呼ばれるシャープパワーの行使だ。

シャープパワーとは、フェイクニュースなどの手法で対象国の世論を操作したり、第三国に自国の正当性を印象づけたりする工作活動のことで、認知戦はつまりそのシャープパワーを駆使した情報戦のことだ。民主的選挙への介入や政策決定への干渉等、中国の仕掛ける認知戦に各国からはさまざまな警戒の声が上がっている。

主戦場になっているのはサイバー空間だ。SNSは認知戦にとって格好の媒体といえる。ホットウォー(武力戦争)と異なり、気づかないうちに日常を侵食する点が厄介極まりない。

では、中国が認知戦で標的にするのはどのような人びとか。はっきりしているのは、情報をいちいち吟味し、分析するタイプの人間ではない、ということだ。SNSのアルゴリズムに導かれ、自分と同じ意見・同じ価値観の人びとが集まる空間——エコーチェンバーに入り込み、フィルターバブル——信じたくない情報を遮断し信じたい情報にだけアクセスするのが恒常化している所謂「情弱(情報弱者)」こそ中国認知戦の最良の標的なのだ。

政治的に右派であるか左派であるかはまったく関係ない。日頃中国に批判的なネトウヨのみなさんがいつの間にか手駒にされてしまう可能性はけっして低くないのだ。アルフィヤ氏を根拠希薄なままスパイ呼ばわりしている時点で、ネトウヨのみなさんは、自身がすでに中国に籠絡されているのかもしれない、と自戒すべきだ。

アルフィヤ氏の当選については、非営利組織「日本ファクトチェックセンター」が以下のような判定結果「アルフィヤ候補に1分で6000票の不正疑惑」は誤り。有効票の確認によるもので開票速報では一般的 【ファクトチェック】を公表している。

アルフィヤ候補の得票数に選挙不正を疑わせる動きがあったという情報は誤り。

日本ファクトチェックセンターは、反権力志向の朝日新聞関係者が運営している組織なので、与党である自民党所属の議員を利するとは考えにくいのだが、どうだろう。

日本国内で中国を糾弾しているアルフィヤ氏の出自である新彊ウイグル族の団体「日本ウイグル協会」も次のような声明ウイグル系日本人えりアルフィヤ氏の初当選についてを出している。

日本ウイグル協会は、大多数の有権者と共に、えりアルフィヤ氏の当選を歓迎します。

ネトウヨのみなさんはこれでもなおアルフィヤ氏をスパイだと疑いつづけるのだろうか。

前出のバイデンジャンプを信じる人びとは大統領選後敗北を認めようとしないトランプ氏の呼びかけに応じて合衆国連邦議会議事堂を襲撃するに至った。中国国営メディアが国内はもとより息のかかった国々にその映像を嬉々としてばら撒いたのはいうまでもない。本当に優れているのは中国の体制の方だ、といわんばかりに。

日本で同じような行動に出る人びとはいない、と思いたいが、すべての民主主義国が認知戦という新たな脅威に晒されつづけることは今後避けられそうにない。しかも、日本は認知戦以前にスパイ活動を包括的に直接取り締まる法律すらないのだ。

アルフィヤ氏にはぜひお願いしたい。立法府の一員としてカウンターインテリジェンス(防諜活動)を後押しする法律の立案に率先して関わってくれることを。

アルフィヤ氏に対するネトウヨたちの疑惑を晴らすためではない。無意識に認知戦の手駒にされ兼ねない人びとに正しく疑う術を学ばせるため、だ。日常を侵食するシャープパワーとしてのフェイクニュースから自国を護るのは、情報をしっかりと吟味できる情報強者の国民をひとりでも多く増やしていくことだけだ、と個人的には信じてやまない。