ウクライナの教訓は活かされるか

潮 匡人

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話題の新刊『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのかデジタル時代の総力戦』(高橋杉雄編著・文春新書)を借りよう。

編著者は「まえがき」にこう記す。

本書は、筆者だけでなく、福田潤一氏、福島康仁氏、大澤淳氏によるもので、もともとは笹川平和財団で行っていた「新領域における抑止の在り方」事業での研究成果を出発点にしている。(中略)本書はその議論の成果をベースにした上で、「次の戦争」になる可能性がないとは言い切れない台湾海峡有事との関連で読みとれることを論じたものである。

以下、その「台湾海峡有事との関連で読みとれること」に的を絞る。編著者は「第1章ロシア・ウクライナ戦争はなぜ始まったのか」で、こう指摘する。なお、以下に登場する「QDR」とは、米国防長官が行なう「4年ごとの国防計画の見直し」(防衛白書)を指す。

2014年3月4日に公表された2014年版QDRでは、「米国はヨーロッパの平和と繁栄を達成するために努力し続けるし、その目的を支援するためにロシアに建設的に関与し続ける」と記述されている。これは第2期オバマ政権期に策定された戦略文書だが、この時点でもロシアとの協力が前提とされていたことが見てとれる。

しかし、このQDRが発表された文字通りの直後にクリミア併合が行われる。ロシアがクリミア併合条約に署名したのは実に2014年版QDRが公表されてわずか2週間後の3月18日である。

つまり、米オバマ政権が、ロシアとの協力を前提に、「米国はヨーロッパの平和と繁栄を達成するために(中略)ロシアに建設的に関与し続ける」と公言した直後に、ロシアはクリミア(ウクライナ)を併合した。

以上の責任は、オバマ政権を副大統領として担った現在のバイデン大統領も負っている。対中政策において、同様の失敗を繰り返すことは許されない。たとえば、次のようなアナロジー(類推)はどうか。

……米バイデン政権が、中国との協力を前提に、「米国は東アジアの平和と繁栄を達成するために努力し続けるし、その目的を支援するために、中国に建設的に関与し続ける」と公言した直後に、中国が台湾を併合する……。

そう考えれば、以上の〝ウクライナの教訓〞が持つ意義は死活的に重い。

福田潤一・主任研究員(笹川平和財団)による同書「第2章 ロシア・ウクライナ戦争――その抑止破綻から台湾海峡有事に何を学べるか」に注目していきたい。

福田研究員はなかで、

戦略レベルの安定性がかえってそれ以外のレベルの不安定性を惹起してしまうというこの逆説は「安定性・不安定性のパラドックス」として知られるが、ウクライナで起こったことがまさにこの逆説であった。

と指摘しつつ、こう述べる。

結局のところ、「安定性・不安定性のパラドックス」の問題は残り続けており、米欧がロシアとの核エスカレーション回避に拘り続ける限り、例えばロシア領内やクリミア半島への本格的反抗のような、ロシア側の一線を越えると思われるウクライナ側の行動への支援には、引き続き躊躇せざるを得ないであろう。

なるほど、米中間における「戦略レベルの安定性」は重要である。しかし、それが「かえってそれ以外のレベルの不安定性を惹起してしまう」。この「安定性・不安定性のパラドックス」という「逆説」は、台湾有事でも起こり得よう。

たとえば、以下のように。

……結局のところ、「安定性・不安定性のパラドックス」の問題は残り続けており、米国が中国との核エスカレーション回避に拘り続ける限り、例えば中国領内への本格的反抗のような、中国側の一線を越えると思われる台湾側の行動への支援には、引き続き躊躇せざるを得ないであろう……。

いかがであろうか。連日メディアが伝えるウクライナの惨状を思い出すまでもない。私には、そうした未来の悲惨な光景が、くっきりと目に浮かぶ。

昨年、ウクライナへの侵攻直前まで、アメリカは、積極的に機密情報(インテリジェンス)を公開し、「探知による抑止」を図った。この取り組みについても、前傾著で福田研究員はこう注意を促す。

確信的な現状変革の決意を固めた相手に対して、それだけでは有効でなかったと結論すべきである。状況把握の取り組みに加えて、物理的な対抗手段の手当なくしては、やはり侵攻の抑止そのものは図れなかったのである。

事実そのとおりであり、この点も、以下のとおり、台湾有事へのアナロジーが当てはまる。

ロシアのプーチン大統領であれ、中国の習近平主席であれ、確信的な現状変革の決意を固めた相手に対しては、「探知による抑止」だけでは効かない。物理的な対抗手段の手当なくしては、侵攻の抑止は図れない。

加えて、現在も続く経済制裁についても、福田研究員は「長期的には相手への強制手段として意味を持ち得るものの、短期的な足元の状況を左右する即効性はない」と指摘する。中国にも、きっと同じことが言えよう。先の「探知による抑止」に加え、これも重要な〝ウクライナの教訓〞ではないだろうか。

福田研究員は第2章をこう結ぶ。

以上のように、ウクライナ戦争の抑止破綻から得られる知見は、台湾海峡有事にも一定の含意を持つと考えられる。それらの含意が示すのは、ウクライナで抑止破綻を導いた要因は台湾海峡にも存在しており、実際に抑止の破綻が起こる可能性が無視できないということである。これを防ぐには、ウクライナでの抑止破綻の事例を教訓に、現状維持勢力としての抑止の強化に努めるほかないであろう。(中略)確信的な現状変革の意図を持つ相手に対しては、やはり物理的手段での対抗措置を採るほかないであろう。

なんら異論を覚えない。