ラグビーとフットボールが映し出すイギリス階級社会

衛藤 幹子

skynesher/iStock

ラグビー日本チームには魅了された。ルールはおろか、選手の顔と名前も一致しないド素人ながら、チームの明るく、自由な雰囲気は見ているだけ楽しく、出身国やバックグラウンドの多様性も好ましかった。

ところが、ラグビーは上流階級やエリート層のスポーツだという記事を読み、すっかり水をさされてしまった(RUCK,“Posh Sports of the World: Rugby Tops the List”, 14 March 2023)。もっとも、社会階級とスポーツ、興味が湧いたので、少し齧ってみた。

Posh Sports of the World: Rugby Tops the List - Ruck
Introduction  Sports provide a platform for physical fitness, entertainment, and competition. While some sports are more popular than others, some are considere...

ラグビーはフットボールとともに、イギリス発祥のスポーツであり、今日のような形態を成したのも共に19世紀後半と言われている。日本やアメリカではフットボールよりもサッカーのほうが一般的だが、ここではその誕生の地に因んでフットボールと呼ぶ。

フットボールは、ビクトリア王朝時代、上流階級の子息教育を担った私立のエリート校であるパブリックスクールで楽しまれていた。ボールのサイズやルールは学校毎に異なり、さらにゲームの呼び方もまちまちであった。たとえば、イートン校と並んでフットボールが盛んだったラグビー校では、ボールを手に抱えることができ、我々が知るところのラグビーの様相を呈しており、呼び名も「ランニングゲーム」であった。

イートン校は足しか使えない今日のフットボールのスタイルで、「ドリブルゲーム」と呼んでいた。1863年にイングランドフットボール協会(England Football Association, FA)が結成され、手の使用禁止やボールのサイズなどを含むルールと名称の統一が図られた(Football History)。

1871年第1回FAカップが開催されたが、出場者は上流階級のクラブで占められ、フットボールは貴族による貴族のためのスポーツとして出発した。しかし、フットボールは、ボールとスペースさえあれば誰でも楽しめるスポーツである。労働者階級もプレーするようになった。

かれらは自分たちのクラブを結成し、FAカップに進出し始め、やがて主導権を取るに至った。契機は1883年のカップの決勝戦、結成から僅か5年の労働者たちのアマチュアクラブであるブラックバーン・オリンピックがオールドイートニアン(イートン校出身者のクラブ)を打ち負かし、優勝したのである(Richard Jolly “Football’s Working Class Roots”, Oct. 23, 2010)。

Football's working-class roots | The National
The 'beautiful game', in its organised form, was born in England's grim industrial towns.

フットボールは労働者たちを熱狂させ、またかれらの中から優れたプレーヤーが輩出した。フットボールは「労働者階級のスポーツ」となったのである(Jacques Mcardle “Football was the sport for the working class…”, Apr. 20, 2021)。

Football was the sport of the working class...
People who worked in factories, down the mines, on the docks gathered every single Saturday to watch their team, spending the money they sweated like a dog for ...

フットボールから切り離されたラグビー校の「ランニングゲーム」はラグビーと呼ばれるようになり、専らパブリックスクールやオックスブリッジでプレーされ、上流階級のスポーツとして発展した。

上流階級やエリート層にとって、ラグビーは単なるスポーツではなかった。選手に求められる心身の強靭さ、ピッチ内外における厳しい行動規範とエレガントなマナー、そして対戦相手への揺るぎない敬意は、紳士の条件、嗜みである。

また、政治家、企業トップ、上級官僚や軍隊の高官といったイギリス社会の中枢部は、パブリックスクールとオックスブリッジ出身者で占められるので、こうした学校や大学のクラブは、エリート人材のリクルート組織として機能する(RUCK前掲サイト)。ラグビーはイギリス上流階級の伝統と文化が反映されたスポーツなのである。

もちろん、今日ではフットボールもラグビーも階級を超えたイギリスの国民的スポーツである。どちらのワールドカップにも国内4地域(ウェールズ、イングランド、スコットランド、北アイルランド/アイルランド)から各1チームが出場し、それぞれの地域は一丸となって、我がチームを熱狂的に応援する。

フットボールとラグビーの階級的分断などもはや昔のこと、と思いたい。しかし、如何せんトップアスリートの世界ではその残滓が今もなお尾を引く。

国際試合で活躍するトップアスリートと高校レベルの出身校(私立か公立か)の関係を調べた2019年の調査によると、男子の場合ラグビー選手の37%、フットボールは5%が私立学校出身者であった。私立学校は全学校の24%なので、ラグビーの私立出身者の割合が高い一方、フットボールではほとんどが公立学校出身ということになる(The Sutton Trust & Social Mobility Commission “Elitist Britain 2019”)。

私立学校(イギリスでは独立校independent schoolと称される)は、イートンやラグビーのような伝統的な超エリート男子校から新設の入学も比較的容易な共学校まで様ざまであるが、いずれも高い授業料を要するうえ、入学許可には出自や親の社会的地位が少なからず影響する。つまり、私立学校出身者は社会階級や経済階層において優越的立場に立っている。

階級によって得意なスポーツが異なるとは、イギリスの階級社会は根が深いようだ。