ジブリ子会社化にみる「アニメ資源大国日本」の凋落

関谷 信之

三鷹の森ジブリ美術館
mizoula/iStock

「あのジブリが?」

多くのアニメ制作会社が失望したのではないか。ジブリが、日本テレビ傘下となる。

日本テレビ、スタジオジブリを子会社化 社長を派遣

日本テレビ、スタジオジブリを子会社化 社長を派遣 - 日本経済新聞
日本テレビホールディングス(HD)は21日、アニメ映画制作のスタジオジブリ(東京都小金井市)を連結子会社の日本テレビ放送網が子会社化すると発表した。議決権ベースで42.3%のジブリの株式を10月6日付で取得する。同社の社長には日本テレビ放送網の福田博之取締役専務執行役員が就く見通し。日テレHDによると、取得金額は明らか...

子会社化の理由は、後継者育成・雇用安定など「将来」の経営体制強化だという。だが、それ以外にも問題はありそうだ。

過去5年の決算は、黒字ではあるものの、利益額がバラついている。8年前には、従業員の大幅リストラを行い制作部門を解散している。ジブリといえども経営は盤石ではない。

日本のアニメ制作会社にとって、「アニメは儲からない」事業なのだ。

アニメは費用対効果が高い

ハリウッドでは、2時間程度のアニメに50~100億円程度の制作費をかける。一方、日本は3~10億円程度と非常に少ない。

アニメ産業全体を「商売」と捉え、売る側の目線でみると、日本のアニメは仕入額が圧倒的に安く「儲かる」商品だ。興行収入を売上、制作費を原価(仕入額)とみなし、粗利率(利益率)を比較するとその差が明白となる。

2019年公開の(実写)映画「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」の興行収入は1175億円、制作費は300億円だった。粗利率は「74%」となる。

一方、同年公開のディズニーアニメ「アナと雪の女王2」の興行収入は1586億円、制作費は164億円、粗利率は「90%」。「スターウォーズ」より売上は多く、コストは少ない。アニメは実写に比べ、コスパが高いと言える。

日本のアニメは、さらにコスパが高い。2001年公開のジブリアニメ「千と千尋の神隠し」の興行収入は382億円(※1)、制作費は(わずか)20億円。粗利率は「95%」。原価率は「アナ雪2」の約半分。原価「額」(制作費用)は8分の1以下だ。

リストラ前のジブリは、200~300人の従業員を雇用し、給料は「相場」の3倍程度だったという。国内「相場の3倍」が、世界的には安価。つまり、世界の映画産業界において、日本アニメは高コスパ。「格安」といえる。近年、さらに値下げが進む。

2020年公開の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の興行収入は404億円、制作費は10億円足らずと言われる。粗利率「98%」。制作費は、上述の「千と千尋」の半分、「アナ雪2」の16分の1。いまや、日本のアニメは「格安」どころか「激安」だ。

その激安アニメを「仕入れ」、利益を享受するのが「製作委員会」のメンバーである。

製作委員会とは

製作委員会は、アニメ制作に必要な費用を負担(出資)するメンバー(企業)の集まりだ。

メンバーは、テレビ局や出版社、映画会社、広告代理店、玩具会社など、事業面で関連性を持つ企業に限定される。意思決定は、全員合意を基本とするため、業界で高い信用がないと参加できない。

製作委員会は、法人格を持たない「任意組合」(民法組合)にすることが多い。製作委員会自体に法人税が課税されず、収益を分配されたメンバーに直接課税される(パススルー課税)からだ。収益は負担割合(出資割合)に応じて分配、著作権はメンバーで「共有」する。

メンバーの収益源は2つ。ひとつは、興行収入やDVD・商品販売、配信などの売上の「分配金」(出資割合で分配)。もうひとつは、「窓口手数料」だ。メンバーは、「配信」や「商品化(グッズ)」「海外(配信他)」など担当窓口を請け負い、それぞれの売上の15~30%程度の「手数料」を徴収することができる。特に「商品化」はアニメ産業市場の約4分の1、「海外」は半分弱を占めるうえ(※2)、手数料率も高いため、旨味が大きい。

市場規模がここ10年で2倍以上に拡大したアニメ。固定費の多くを占める制作費は「激安」であり、動員数増加に伴う「変動費」もほとんど発生しない。人気の原作コミックや続編など、ヒットが確実視される作品にも恵まれている。

つまり、売上は多く、コストは少なく、リスクも低減できる。製作委員会にとって、現在のアニメは「中リスク・高リターン」ビジネスなのだ。

一方、売上は「激安」制作費のみ、人件費等コストは増加し、市場拡大の恩恵にもあずかれないアニメ制作会社は苦境に陥っている。

激安の理由

制作費が激安となる理由は、「積み上げ」ではなく、予算ありきで決められているからだ。

経済産業省委託事業の「映画制作の未来のための検討会」は、製作委員会と制作会社間の問題を、以下のように伝えている。

「予算ありきの制作費(必要経費を賄えるかどうかは無関係に決められた制作費)」
「にもかかわらず、制作会社が作品完成の保証を担うことになっている(提示された予算内での完成が求められる)」
経済産業省委託事業(中小企業取引適正化対策事業) 映画制作の未来のための検討会報告書

制作費用の超過分の負担は重く、倒産や、倒産を防ぐための脱税事件まで起こっている。

提示される制作費では毎回赤字

2020年12月、「鬼滅の刃」などを手がけるアニメ制作会社「ユーフォーテーブル」に法人税法違反の有罪判決が下された。同社社長の近藤光被告は、同年11月の本人尋問で以下のように述べている。

「制作費が安価なため、毎回、作品を作ると必ず赤字になる」
脱税の「鬼滅の刃」制作会社社長が本人尋問で“驚きの発言” アニメ業界の構造的問題が明らかに | デイリー新潮

同社の、業界内の評価はかなり高い。外資系配信会社の格付けでは最高位の「Sランク」。背景美術・撮影・3DCGなど社内で対応できる一貫生産体制を築いており、品質に定評がある。2020年に制作を担当した「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は、「千と千尋の神隠し」の日本歴代興行収入記録を書き換え、世界年間興行収入第1位となった。

そんな同社が、なぜ脱税に手を染めたのか。背景にあるのは、アニメが「ヒットしない」ことへの恐怖心だ。

近藤被告によれば、制作費が安いためアニメ制作だけでは経営が成り立たず、飲食店経営とグッズ販売でしのいでいたという。飲食店・グッズともアニメとコラボしており、アニメがヒットしないと売上が激減。ヒットさせるため作画品質を上げると自社コストが増加。結果、ますます赤字が増える、という負のスパイラルが続いていた。

ユーフォーテーブルは、脱税容疑で告発されて以降、新規のアニメ制作は請け負わず、提案型のビジネスを模索している、という。

日本はアニメ資源大国

品質を追求する制作会社。優秀な制作陣。マンガやライトノベルなど豊富な原作素材。

日本はアニメ資源大国だ。

だが、カネを出す側だけが富み、手を動かす側はその日暮らし。アニメ業界が、古典的な「資本家と労働者」構造のままであれば、早晩資源は枯渇してしまうだろう。

【備考・注釈】

ドルは公開日の年末レートにて換算。興行収入及び制作費は一部推測値を含む
※1 2020年2月時点 IMDbによる
※2 アニメ産業レポート2022 サマリー(日本語版)

【参考】

週刊東洋経済23年5月27日号
エンタメビジネス全史 中山淳雄著/日経BP
脱税の「鬼滅の刃」制作会社社長が本人尋問で“驚きの発言” アニメ業界の構造的問題が明らかに | デイリー新潮