アルゼンチン大統領選挙:インフレ140%の責任者がトップで決戦投票へ

最悪経済の責任者の経済相がトップ得票という不思議な国、アルゼンチン

アルゼンチンの政治は戦後直ぐ政権を担ったペロン将軍を崇拝して誕生した政党「正義党」の威光が現在も依然その影響力を発揮している。それは組織力とバラマキ資金の賜物によるものだ。

10月23日に実施された大統領選挙でトップの得票率を獲得した正義党の候補者セルヒオ・マサ氏は高騰するインフレを抑えるべく昨年7月に経済相に就任した。しかし、インフレは更に上昇を続け現在140%に到達。ハイパーインフレを引き起こす懸念さえある。しかも、貧困率は40%、中央銀行は外貨不足が発生している。

このような最悪の経済事情を抱えながらもマサ氏は大統領選に立候補してトップの得票率を得たのだ。最悪の経済を背負った責任者である経済相がトップの投票率を得ることなど他の国では考えられないこと。しかし、アルゼンチンという国は戦後誕生した正義党のペロン主義は今も磁石のように吸引力を維持している。

8月の大統領予備選でトップだった極右のハビエル・ミレイ氏は2位についた。そして3位となったのがマクリ前大統領の意向を継いだパトリシア・ブルリッチ氏である。どの候補者も45%の得票率に至らなかったということで、上位2者が決戦投票に臨むことになった。その投票日は11月19日。

決戦投票の行方は3位の620万票に依存する

以下に読者に理解し易いように今回の候補者の開票率98.51%の時点での得票数とその率を整理してみることにした。(10月23日付「エル・パイス」から引用)。

  • セルヒオ・マサ      36.68%  9,645,983票
  • ハビエル・ミレイ     29.98%  7,884,336票
  • パトリシア・ブルリッチ  23.83%  6,267,152票
  • フアン・シチアレティ    6.78%  1,784,315票
  • ミリアム・ブレグマン    2.7%   709,932票

決戦投票で勝利する為にマサ氏とミレイ氏が狙っているのがブルリッチ氏が獲得した凡そ620万票である。ブルリッチ氏自身も元々正義党の議員であったが、同党がキルチネール派が支配するようになってから離党して、変革と自由主義を唱えて2015年に誕生したマクリ前大統領の政党カンビエーモスに入党した。

この620万票はカンビエーモスの支持者が主体となっている。カンビエーモスが誕生したのは2015年。硬直した保護主義を基盤にした正義党で2003年から誕生した左派政権キルチネール派に反対したのが起因である。

元々キルチネール派に反対した政党ということで、ブルリッチ氏の620万票はミレイ氏に票が流れてもよさそうなものであるが、事態は単純ではない。ミレイ氏には過激な発言が目立ち、アルゼンチン出身のフランシスコ法王を批判するに及んで信心深い人たちがミレイ氏を支持しなくなった。

その中には重鎮的な企業経営者もいる。更に、ミレイ氏のアルゼンチンの慢性病であるインフレから解放されるべく法定通貨ペソを米ドルにすることについても多くの経済専門家や市民の間でそれに不信を抱く者が多くいる。更に、ブルリッチ氏を支持していた急進市民同盟はミレイ氏に票を投じないことを表明している。

このようなことから問題の620万票はミレイ氏に投票する人、カンビエーモスでもマクリ元大統領と対立している派はマサ氏に票を入れる可能性あり、そして投票を棄権する人と3つに分かれることが予想されている。このそれぞれの比率は全く予測がつかない。即ち、620万票がすべてミレイ氏に流れればミレイ氏が勝利することは確実であるが、実際にはそうはならないということである。

シチアレティ氏の170万票の大半はマサ氏の方に流れる可能性が高い。もともとシチアレティ氏も正義党の元議員であったという関係からである。

左派系のブレグマン氏の71万票の多くもマサ氏に票が向かうであろう。

投票と引き換えにお金を配る事件も起きた

このように見て来ると、ミレイ氏とマサ氏の接戦が予想される。

ミレイ氏はブルリッチ氏の620万票がより多くが彼の支持に回るように過激な発言は控えるようにしているようだ。

マサ氏が予備選では3位だったのが、今回はトップとなったのは以下のような理由がある。

  • ミレイ氏が勝利すれば、彼は財政支出の大幅な削減を実施するとしている。その一環として生活補助金の削減があると貧困者に訴えて、ミレイ氏への恐恐怖心を煽った。
  • 彼は正義党員ではあるが、これまで長期政権を維持したキルチネール派とは異なった政治をしていくと表明。だから、選挙戦中でも現在キルチネール派の親分であるクリスチーナ・フェルナンデス元大統領の名前は演説の中で一切触れないでいた。
  • それとお金のバラマキである。その具体例として愛称チョコラテと呼ばれている人物が48枚の銀行カードでATMから120万ペソ(52万円)を引き出していたことが判明するという事件があった。引き出した現金をマサ氏に票を投じるのということの引換で現金を有権者に渡していたのである。(9月22日付「ペルフィル」から引用)。

決戦投票に向けて正義党の資金バラマキは更に活発になるはずである。一方のミレイ氏は現在の貧困経済に陥ったのはキルチネール派の硬直した政治運営によるものだということをこれからも強調して支持者を拡げて行く方針だ。