顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
中東でのイスラエルへのパレスチナ過激派ハマスの奇襲攻撃とイスラエルの反撃での中東危機がアメリカを中核とする国際秩序に根幹からの変動をもたらす―という予測がワシントンで広がり始めた。中国の台湾や日本への武力での威嚇や、ロシアのウクライナ侵略に加えて、中東での新たな戦闘の勃発はイラン、ロシア、中国という反米勢力の結束を強固にして、アメリカ側の戦略的優位を揺さぶり、多極世界の構造を強めるだろう、という見解である。
ワシントンでの今回の中東危機の地政学的な読み方の代表例は連邦議会下院の中国特別委員会の委員長マイク・ギャラガー議員の10月中旬の言明だった。
中東危機はいまの世界でアメリカに対抗する全体主義勢力が連帯を強め、反米枢軸の団結をあらわにする現実を明示する結果となった。その反米の主役はやはり中国である。そしてその対決の目標はいまの世界でのアメリカのリーダーシップを壊し、アメリカ主体の同盟関係を崩すことなのだ。
この中国特別委員会はいまのアメリカ議会全体でも対外政策ではもっとも活発な動きを展開する組織であり、その委員会を率いるギャラガー議員は共和党の気鋭の外交通とされる。
ギャラガー議員の指摘する反米枢軸とは中国、ロシア、イランであり、その末端には北朝鮮も含まれる。ロシアのウクライナ侵略ですでに明確となってきた世界の地政構図での「アメリカ対反米連帯」の対立が中東危機でさらに強烈な実態を示した、というのだ。
中東での戦闘はそもそもアメリカの力がバイデン政権下で弱くなった結果であり、世界のパワーバランスの地殻変動は始まっているのだ、という趣旨の見解は国際戦略の権威ウォルター・ラッセル・ミード氏によっても発表された。同氏は10月19日氏のウォールストリート・ジャーナル紙への寄稿論文で「アメリカの抑止のない世界」と題して、イランに支援されたイスラム過激派テロ組織がイスラエルに大規模な奇襲攻撃をかけたことも、その背景ではアメリカを軽視する要素が大きいのだ、と指摘した。
ミード氏の論文は「戦略的消極性への段階的な後退がいまの世界の突然のコントロール不能の状態を生んだ」という副題で、バイデン政権が軍事戦略での後退や縮小を続けて、軍事抑止力を大幅に減らしたことがハマスを含む反米勢力の武力攻勢を奨励する結果を招いたと述べていた。そしてその結果、登場しつつあるいまの世界はアメリカが後退し、反米姿勢の中国やロシア、イランがより活発な行動を進めるだろう、と予測していた。
ニューヨーク・タイムズの国際問題のベテラン・コラムニストのデービッド・レオンハルト記者も同時期の長文のコラム記事で「ハマス・イスラエル戦争のグローバルな背景」と題して、今回の中東危機はアメリカがもはや世界での主導的な役割を果たしていないことを実証した、と大胆な指摘をした。しかし他のどの国もアメリカのような主導的役割は演じておらず、いま目前に現出したのは、まさに多極世界だ、というのである。
この記事は「ロシアはなお断固として欧州での大きな戦争を続ける」、「中国は台湾への軍事威嚇をさらに強める」、「ハマスはアメリカからの報復を恐れない」などと述べて、「多極」を強調し、国際規範に違反する軍事行動を取る側が従来のようにアメリカの強大な軍事能力による抑止や制裁を心配しなくなった、とも記していた。その結果が「新しい国際秩序」というわけである。
その新情勢下ではアメリカと中国との対立が主要な分水嶺となる。このところ米中両国間では首脳会談への期待などが語られるが、なおアメリカ側での中国の無法かつ無謀な対外行動を非難する動きは高まっている。
今回のハマス・イスラエルの激突が米中関係にまで影響を及ぼすという実態はアメリカ上院民主党院内総務のチャック・シューマー議員の北京での言明でも明示された。中国を訪問した同議員は10月9日、習近平国家主席に対して「ハマスの残酷なイスラエル攻撃を中国も明確に糾弾すべきだ。ハマスをまったく非難しない中国政府の声明には失望した」と告げたことが報じられた。
この背景には中国もロシアもこれまでイスラエルとは経済や軍事の協力をある程度、保ってきたため、ハマスを批判する態度もみせるのではないか、という米側の期待があったといえる。だが中ロ両国ともハマスの大量殺戮を非難しない点はイランを含めての反米枢軸のより堅固な誇示につながったといえよう。
アメリカはすでにウクライナ侵略を理由にロシアと、そして無法な軍事膨張などを理由に中国と、それぞれ対立状態にあるが、中東での今回の軍事衝突は両国の反米連帯をより構造的にするというのである。
トランプ政権の副大統領を務め、来年の大統領選に名乗りをあげた共和党のマイク・ペンス氏は今回のハマスの奇襲とその行動を支援するかにみえる中国、ロシア、イランの動きについて「アフガニスタン撤退の失態やイランへの迎合的な姿勢に象徴されるバイデン政権の宥和姿勢がハマスという反米勢力のテロ攻撃を招いた。中国、ロシア、イランは結束してバイデン政権の弱さにつけこんだのだ」と断言した。
こうした激動を政策的に分析するアメリカ側の論文は他にも登場した。
歴代政権の国務省や国家情報会議に在勤したベテランの戦略問題研究者のロバート・マニング氏らが10月11日に発表した「最新中東情勢とそのグローバル的結果」と題する論文はその典型例である。
その骨子は以下だった。
- つい先月まで一応の安定と和解に向かうかにみえた中東情勢は電撃的に悪化して、アメリカの対外姿勢全般を変容させることになった。
- 中国、ロシア、イランの枢軸は反米の連帯をあらわにし、国際情勢全体での対立を露骨かつ険悪にして、グローバルな対決構図を深刻にする。
- 米空母の即時の中東派遣に象徴されるアメリカのイスラエル軍事支援はこれまでの中国への軍事抑止やウクライナへの軍事支援を減らす可能性がある。
こうした世界情勢の構造的な変化が日本への重大な影響を及ぼすことは当然である。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。