「萌えない」ジブリは儲からない

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「日本のアニメはどん詰まり」

2003年、「千と千尋の神隠し」のベルリン映画祭金熊賞受賞時、監督の宮崎駿氏はこのように述べた。コピーのコピーのそのまたコピー。暴力と性的描写。海外に進出する「ジャパニメーション」(日本製アニメの呼称)を憂いての発言である。

「(幾ばくかは売れるかもしれないけど)たいして売れません」とも。

この予想は大きくはずれた。「幾ばく(いくらか)」どころではない。受賞時1.1兆円だったアニメの市場規模は2.7兆円へと2倍以上に、海外市場は0.4兆円から1.3兆円へと3倍以上に拡大(※1)。売れに売れている。

皮肉なことに、「どん詰まり」を危惧することになったのはジブリ自身だった。後継者問題を理由に、先月21日、日本テレビ傘下になることを発表。翌日の日本テレビHDの株価は、前日終値1375円の22%高 1675円まで急騰した。

投資家たちが期待するのは、宮崎氏のレガシーすなわち「旧作」のライセンス活用事業。具体的には、ジブリ作品の動画配信、そして関連商品の販売収益である。だが、事はそう簡単ではない。宮崎氏の「主義」と「作家性」が枷(かせ)となる。

活用しづらい「旧作」

これまでジブリは、動画配信をしてこなかった(※2)。なぜか? やりたくないからだ。配信どころか、テレビ放送さえしたくない。DVDも出したくない。映画館で観てほしい。

「手間ひまかけて観た映画が子供の記憶に残る。いつでもDVDをトレイに乗せるだけで観られますというんじゃ、記憶には残らない」

これが宮崎氏の持論であり「主義」でもある。ジブリプロデューサーの鈴木敏夫氏は、2006年のNHKの取材で、動画配信について問われ「見極めたい」と回答。17年経っても、いまだ見極めていない。

ジブリの新社長に就任する福田博之氏は動画配信について「今のところ現状と何も変わっていない。何かあればこれから考えたい」と言葉を濁す。宮崎氏が「睨みを利かせている」うちは難しいのではないか。

ジブリは「絵本」

関連商品の販売も難しい。

ジブリは関連商品販売に積極的ではない。宮崎氏がキャラクタービジネスを好まないから。そして、ジブリ「ブランド」へ与える影響が大きいからだ。

ジブリアニメはしばしば「絵本」に喩えられる。各シーンのクオリティが高く、「絵」として十分楽しめる。「はらぺこあおむし」や「ぐりとぐら」のように、親から子へ、世代を超えて受け継がれることだろう。

ジブリプロデューサーの鈴木氏は、この「絵本」のような作品レベルの高さと、宮崎駿氏の作家・文化人としての側面を強くアピールし、ジブリをブランドとして定着させた。

作家性・文化性とキャラクタービジネスは相性が悪い。ジブリの「ブランド」価値を低下させる可能性がある。結果、現在販売されているジブリグッズは、やや地味め、品揃えもやや控えめとなっている。

「萌え」ないジブリ

また、仮にジブリが、積極的なキャラクタービジネスを手がけたとしても、「ジャパニメーション」のように大きな収益は期待できない。

「萌え(※)」がないからだ。

※萌え:アニメ・ゲームなどのキャラクターに対して抱く強い愛着心・執着心・情熱・欲望などをいう

「絵本」には萌えがない。萌えの対象は作品そのものではなく、作品に出演するキャラクターや人物だ。全体の完成度が高いジブリ作品は、萌え要素が少なく、商品化しづらい。

ジブリの設立は、アニメ誌「アニメージュ」の企画「風の谷のナウシカ(1984)」がきっかけだ。ナウシカは「ナウシカコンプレックス」という言葉を生むほどの人気だった。宮崎氏初監督作品「ルパン三世 カリオストロの城(1979)」のヒロイン クラリスは、同誌で特集が組まれるほどの人気を博した。

しかし、「となりのトトロ(1988)」以降、ジブリは変わる。コアなアニメファンを置き去りに、一般客までターゲット層を拡大させる。結果、欠落したのが「萌え」要素だった。

ナウシカやクラリスのようなキャラクターに「萌え」るファンは多いが、「となりのトトロ」のトトロや「ハウルの動く城(2004)」のヒロイン ソフィに「萌え」るファンは多くないのだ。

プロの声優を使わない

声優に、プロの声優ではなく、著名人を起用することもアニメファン離れに拍車をかけた。

宮崎氏は、著書の対談でプロ声優について以下のように語る。

「女の子の声なんかみんな、わたしかわいいでしょ、みたいな声を出すでしょ。あれが『たまらん』のですよ」
となりのトトロ(ジブリの教科書3)スタジオジブリ/編  文春文庫/編

プロ声優に代えて起用したのは、タレントや俳優、歌手たちだ。

「となりのトトロ(1988)」の父親役には、コピーライターの糸井重里氏。「ハウルの動く城(2004)」のヒロインには女優の倍賞千恵子氏。最新作「君たちはどう生きるか(2023)」には歌手の“あいみょん”氏。

特に「風立ちぬ(2013)」の主役に、“エヴァンゲリオンシリーズ”のアニメ監督 庵野秀明氏を「抜擢」したことは大きな話題となった。

オーディションで、宮崎氏は庵野氏のセリフ読みを、

「いいんじゃないかな こんな声だすやついないよ」
「いいじゃん」
(宮崎駿の仕事 プロフェッショナル 特別編/NHKエンタープライズ)

と絶賛している。これを、

「いいわけないじゃん」
(誰も語らなかったジブリを語ろう/押井守著/講談社)

と、言い切るのは「攻殻機動隊」で知られる映画監督 押井守氏である。ジブリが、声優に著名人を採用するのは「有名人をズラリと並べ、マスコミの注目を集めるための手段」と手厳しい。

観劇中に著名人の演じたセリフを聞くと、その人自身の顔が浮かぶことがある。「萌えず」に「萎える(※3)」。キャラクターにのめり込めないときもある。

宮崎氏の「たまらん」とは対照的に、

「あの声と話し方が『たまらん!』」

と、演技力を重視するアニメファンは少なくない。プロ声優の演技は、萌え要素に満ちている。一方、著名人が主役格を演じるジブリ作品は、萌え要素に欠け、ファン層が広がりにくいのだ。

意思決定難と権利分散のリスク

「ライセンス活用事業」には長期的リスクもある。

アニメ製作は、「製作委員会」方式が取られることが多い。「千と千尋の神隠し」も、日本テレビ・電通・徳間書店・東北新社など7社程度で製作委員会が構成されている。

製作委員会は、複数のメンバー企業で制作費を出資し、作品の著作権をメンバーで共有する。そのため、メンバー全員の同意がなければ、作品の利用ができなくなってしまう。製作委員会の参加条件が、「業界内での高い信用」と「作品と関連する事業の経営」であるのは、こういった事態を防ぐためだ。

また、メンバー企業の倒産などで、共有する著作権の一部が、他者に渡った場合、作品の配信や、グッズ販売等ができなくなる可能性がある。つまり、製作委員会という方式自体がリスクを抱えている、と言える。

投資家たちが期待する「旧作」ライセンス活用事業についてまとめると、問題は3つ。

一つ目は、配信事業は日テレとジブリ(宮崎氏)間の交渉難が予想されること。二つ目は、キャラクタービジネスに「ジャパニメーション」ほどの収益は期待できないこと。三つ目は、長期的に著作権の分散・利用難リスクがあること、である。

では「新作」はどうか。

なぜ「新作」に期待しないのか

「新作」に期待が集まらないのは、宮崎氏の後継者たる人物がいないからだ。

宮崎氏は脚本を書かない。大学ノートにメモを書く。描きたいシーン。言わせたいセリフ、ストーリー。ノートをベースに、他の作業と並行して絵コンテを切っていく。絵コンテは異常なほど精密で完璧。アニメ制作の土台をほとんど一人でこなす。

「宮さん(宮崎氏)が欲しがっているのはもう一人の自分」

プロデューサーの鈴木氏はこう述べる。「オレがもう一人欲しい」と何度も口にしたという。

その宮崎氏は、2017年のドキュメンタリー番組で以下のようにこぼした。

「『こいつにやらせてみたい』っていう人間は一人もいなくなった」
(終わらない人 NHKエンタープライズ(2017) )

ジブリの奇跡

およそ2年に1本の映画だけで勝負する。勝てば存続。負ければ解散。こんな「綱渡り」経営のジブリが、40年近く生き残っているのは奇跡とも言える。この奇跡を起こしたのが宮崎駿氏の作家性であり、それを支えたのがプロデューサー鈴木氏の控えめな商業主義だった

今後、ジブリは変わらざるを得ないだろう。作家と作家性を尊重する制作から、チームと企画を中心とする製作へ。鈴木氏は以下のように述べる。

「企画でやるのか、あるいは作家の才能に頼るのか。(中略)宮崎や高畑(※)は作家主義、そのほかの若い人は企画主義。基本的にはこれだとまだ思っている」
「ジブリ」なぜ日テレ傘下に 1時間の会見で語られた問題とは 鈴木社長「ことごとく失敗に終わった」【会見詳報】

※高畑勲:ジブリ映画「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」を監督 2018年死去

「作家」高畑勲氏は、5年前に逝ってしまった。

残る「作家」宮崎氏は現在82歳。これまで何度も引退宣言と復帰を繰り返している。最新作「君たちはどう生きるか」は、ほとんど広告をしなかったにもかかわらず、83億円の興行収入を叩き出した。これを最後に長編映画製作からは勇退するのではないか、と推測する向きも多い。

上述の会見で、プロデューサーの鈴木氏は「ディズニー」について語った。ウォルト・ディズニー亡きあと、「ディズニー」を再生させたのは企画力であると。皮肉なことに、宮崎氏はウォルト・ディズニーを毛嫌いしている。アニメーションを商業化した「主犯」だからだ。

作家性対商業性。この古典的な葛藤が、日テレ傘下となったジブリでもしばらく続く。新生ジブリが、どのようなアニメ制作会社となるのか。「新作」で見えてくるだろう。

【注釈】
※1 アニメ産業レポート2022 サマリー 2003年と2021年を比較
※2 日本・北米以外では2020年よりNETFLIXで配信開始
※3 萎える:興覚めする

【参考】
「宮崎駿の仕事1979-2004/久美薫著/鳥影社」
「誰も語らなかったジブリを語ろう/押井守著/講談社」
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