アラン グリーンスパン氏がアメリカFRB議長だった90年代、氏の記者会見におけるコメントは名言でもあり、時として難解で呪文の様でもありました。氏の名言には「バブルは崩壊してはじめてバブルだと分かる」「根拠なき熱狂」など多数あります。その後を継いだバーナンキ氏の言語が逆に「ヘリコプターマネー」などわかりやすく、今のパウエル氏に於いては名言になるような言葉はほとんど発せず、毎度記者会見を見ていても「オウム返し」ではないかと思う時もあります。
さて、日銀が10月30-31日に開いた定例金融政策決定会合で事前予想通りYCCの動きのレンジを緩めました。その記者会見の際に植田日銀総裁が発したのが長期国債の金利を「1%を目途」に緩和するというものでした。
7月にそれまでの0.5%の上限枠を撤廃した際には「0.5%程度を目標とし、事実上1%を上限(キャップ)とする」としています。植田総裁は「目途」という言葉がお好きなのかもしれませんが、これほどあいまいな表現もないのです。今更ですが、目途の意味は「目指すべきところやおおよその見通しのこと」であります。
つまり7月の政策会合の際、日本語の用途からすると「0.5%を目途としながら1.0%まで容認する」と言っているわけで日本人にはなんとなくわかりますが、正確には全然通じないのです。ましてや外国人にはチンプンカンプン、それこそ呪文のような発言なのです。ちなみにこれを英訳せよ、と言われたらできません。翻訳機にかけると「Allow up to 1.0% with a target of 0.5%」です。なんじゃこれ?ですよね。
今回、植田総裁は再び「目途」という表現を使っているのですが、総裁自身も市場も本来の「目途」という意味ではなく、「当面の判断基準」ということで理解しているのです。よって「目途≒目標」ではなく、そこからはみ出ることをそもそも容認し、市場の動き次第ではけん制するよ、という手放し状態ではなく監視状態にあるということを言っているのです。
ではもう少し、この難儀で決してプレゼンが上手だとは思えない植田総裁の真意は何処にあるのかですが、これは比較的わかりやすいと思います。ズバリ、総裁は「さほど遠くない時期に金融政策の正常化に持ち込むことを目途とする」なのです。つまり本当の目標はYCCも撤廃、マイナス金利もなし、底なしの日銀による国債の買い入れもなし、できればQEからQT(Quantitative Tightening= 量的引き締め)ができる環境整備までしたいと思っているはずです。
言い換えれば黒田総裁の10年間の徹底したQE(量的緩和策)は日本経済を集中治療室から出すことなく、自力で立ち上がることすらできない「クスリ漬け」にした瀕死の重篤患者(=日本企業)に延命治療をし続け、「もっと薬をやろうか?もっと手術もできるぞ!」と豪語されたわけです。苦しい経済界や国民は「黒田さまのおかげで薬がこんなに簡単に手に入りました。でも私たちはもっと良くなりたいのでもっとお薬をください!」だったのです。「永遠のハト」と言われる日銀は「マネーの女神様」だったとも言えます。
世界基準、いや日銀という金融政策を担っている部隊として金融正常化できないことは恥なのです。暦年の日銀政策が間違っていて日本経済の足腰を強くするはずが骨粗しょう症にした、だから今からはカルシウムを取りましょう、いつまでもベッドで寝ていてはいけませんよ、というメッセージでもあるのです。
三菱UFJが10年物の預金金利を0.002%から0.2%に引き上げました。100倍です。どうしたら100倍という数字が出てくるのか、摩訶不思議としか言えないのですが、同行は更に引き上げもありうるとしています。日本の金融機関は100%これに追随します。預金をしている人は「へぇ、これからは金利というものがつくのかねぇ」と疑心暗鬼でしょう。
当然ながら飴とムチの関係があり、住宅ローンの固定型金利は10月末の10年固定型の単純平均の基準金利が3.80%で12年ぶり水準となっています。実際の金利は優遇金利なので各行違い、1.0-1.5%程度に収まります。
分かりにくい植田総裁ですが、言わんとしていることははっきりしているし、来年の春闘で十分な賃上げが確認されるまでは更なる正常化には踏み込めないと言っているのは正常化に向けた確証はそろいつつあり、あとは春闘でそれなりの数字が出てくれば歩を進めるといっているわけです。現状、来年の賃上げは今年ほどではないにせよ、継続的な引き上げが見込まれているし、人材不足が顕著になっている中で「金融正常化の目途」は総裁の心の中では出来上がりつつあるとみています。
そうでないと三菱UFJが金利を100倍にする理由が成り立ちません。プロは既にそこを読み込んでいるということです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年11月2日の記事より転載させていただきました。