「加害者」と「被害者」の逆転現象

パレスチナ自治区のガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が先月7日、イスラエルとの境界網を破り、近くで開催されていた音楽祭を襲撃し、キブツ(集団農園)に侵攻して多数のユダヤ人を虐殺したテロ事件が報じられると、世界はその残虐性に衝撃を受け、ユダヤ人犠牲者に同情心や連帯感が寄せられたが、時間の経過に連れてその同情心、連帯感は薄れ、中東紛争でこれまでよく見られた「加害者」と「被害者」の逆転現象が起きている。

イスラエル軍の「アイアン・ソード作戦」(イスラエル法務省公式サイトから)

それなりの理由は考えられる。軍事強国のイスラエルがハマス壊滅という目的でガザ地区に空爆を繰り返し、地上軍も導入してハマス退治に乗り出しているが、同時に、民間人、特に病人、女性、子供たちが犠牲となっている。そのシーンがテレビで放映されると、加害者と被害者の関係は急変し、ガザ地区を空爆するイスラエル軍が加害者、その被害を受けるパレスチナ側が犠牲者と受け取られるようになっててきた。それを受け、欧米社会ではパレスチナへの同情心、連帯感が叫ばれ、イスラエルへの批判の声が高まってきている。

ここで注意すべき点は、イスラエル軍が空爆し、戦闘している相手は、1300人余りのユダヤ人を虐殺したテロ組織ハマスであってパレスチナ人ではないことだ。問題は、ハマスがパレスチナ住民を自らの人間の盾として利用し、病院、難民収容所などに潜伏していることだ。

イスラエル軍は地上軍をガザに派遣する前、約2週間、ガザ地区の住民に北部から南部に避難せよと呼び掛けるビラをまいた。どの国の軍がこれから戦闘する地域の住民に2週間の時間を与えて避難を呼びかけるだろうか。イスラエル軍の空爆、病院破壊を指摘して、戦争犯罪だと糾弾する声が聞かれるが、住民を人間の盾に利用しているハマスこそ戦争犯罪を犯しているのだ。事実の逆転が見られる。

それでは、なぜ、加害者と被害者の関係がこのように逆転するのだろうか。もちろん、それなりの理由は考えられる。イスラエルが1948年、パレスチナ人が住んでいた地域に建国した結果、そこに住んでいた多数のパレスチナ人は追放され、難民となった、という歴史的な事実がある。この時点まで遡れば、イスラエル側が加害者であり、パレスチナ人は被害者だというわけだ。ハマス側からは、「われわれはテロ組織ではなく、パレスチナの民族解放運動だ」という論理になる。

明らかな点は、歴史をどこまで遡るかで加害者と被害者の関係はくるくる変わることだ。イスラエルの著名な歴史学者で「現代の知の巨人」と呼ばれるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、「国家の歴史を振り返ると、時には加害者であり、時には被害者といった時代がある。加害者だけとか、被害者だけといったことはない。被害者と加害者を同時に体験することもある。この歴史の事実を理解する必要がある」と指摘する。だから、歴史のある時代だけを切り取って、加害者だとか、被害者だと主張してもあまり意味がないわけだ。

ハラリ氏は、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。歴史の中で『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で数多くの『平和協定』が締結されているが、それらは紛争当事者が妥協し譲歩して締結したものが多い」と説明し、「歴史で『公平』さを重視し、完全な公平を主張し出したならば、戦いは終わらない」と強調している。

イスラエルが和平ではなく、「歴史の公平さ」を主張し、パレスチナ側も同じように「民族の公平さ」を要求したならば、残念ながらイスラエルとパレスチナ両民族の和平は難しい。これまでの歴史はそのことを実証してきているわけだ。

「加害者」と「被害者」の関係が逆転するといった現象は中東だけに見られる現象ではない。また、国家、民族レベルだけではなく、社会レベルでも生じている。卑近な例だが、日本では安倍晋三元首相を暗殺した容疑者の供述に基づき、本来は被害者の立場となる世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が加害者となり、メディアからバッシングを受け、それを受けて岸田政権が旧統一教会の解散を要求するといった流れなどは、典型的な加害者・被害者の逆転現象と言わざるを得ない。そして暗殺者に同情と支援が寄せられ、旧統一教会側は反社会的グループという烙印を押されているわけだ。

例えば、欧州ではスイスのベルン大学の講師がソーシャルメディアでハマスのテロを称賛したことから、解雇されている。日本では一国の首相を務めた政治家を暗殺した人間が称賛されるような状況が見られるが、それを批判する声があまり聞かれないのは不思議だ。

「加害者・被害者の逆転現象」は社会学的にも興味深いテーマだろう。強者と弱者、大国と小国、成功者と失敗者、富者と貧者、多数派と少数派、そして「愛されてきた人」と「そうではない人」と分けていくと、後者には前者に対する強烈な嫉妬、恨み、憎悪が生まれ、犠牲者メンタリティが出てくる。それらのマイナスのエネルギーはある時点に達すると爆発する。共産党革命はその例だろう。大げさに表現すれば、世界で見られる「加害者・被害者の逆転現象」は革命前夜の危険な兆候ともいえるのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。