お金とは何か?お金を巡る人生哲学:田内学『きみのお金は誰のため』

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優斗の中で、お金に対する考え方が変わり始めていた。これまで冷たいものだと思っていたお金には、みんなを結びつけつける力がある。

年収の高い仕事がいい、と漠然と考えていたとんかつ屋の倅、優斗。そして、投資銀行勤務でお金を稼ぐことにある種の執着をもつ尖った若手社員、七海。二人はボスとの対話を通じて、お金に対する、そして社会のあるべき姿に対する考え方を徐々に深めていく。

本書は、中江兆民「三酔人経綸問答」の如く、三人の対話を通じ各章ごとのテーマに基づいて世の中とお金の関りを学ぶ経済小説である。

知らない人に贈与するのは難しい。それやと経済は発達しにくい。それを可能にしているのが、お金なんや。

「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」など各章ごとに設定されたテーマに基づいて三人は語り合う。ボスと呼ばれる師匠に対して、優斗と七海は質問を投げかけ、時には反感を覚え意見もする。

それに対してボスは、まるで哲学の門答のように生きる意味や社会の仕組みを交えて若い二人に優しく語りかける。そして、究極的には贈与が次世代へと社会を継続させていく鍵であると結論付ける。

例えば、優斗は兄が返還義務のある奨学金について愚痴を言う兄を頭に思い浮かべる。若者への過大とも思える奨学金返済の経済的負担についてボスに意見を求めると、優斗の個人起点の見方に理解を示しつつも、社会全体の視点から返済することで次の人が奨学金を得る原資になっていることを説く。

奨学金を返済する個人と、その次に返済金を元手に新たに奨学金を得る個人が直接会う機会はない。しかし、奨学金を滞りなく返済するという行為が、本来は高等教育を受ける経済的余裕のない学生に対して学びの機会を保障している。この瞬間、お金は人と人を繋いでいるのである。

生活を支えるのはお金やと勘違いして、いつしかお金の奴隷に成り下がるんや。

元ゴールドマンサックス社員である著者の経歴を見ると意外にも思えるが、厳しい競争と苛烈なプレッシャーの中で16年間働いてきたからこそ見えてきた悟りの世界と言えるのかもしれない。

世の中を他人は信用できない激しい競争社会と捉えるか、お金を通じて有形無形に人は優しさという絆で繋がっていると感じられるのか。著者が提示する後者へと物の見方を転換できると、社会はとても温かく穏やかなで、まったく異なる景色に見えてくる。

『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)