イスラム組織「ハマス」が実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区へ、イスラエル軍が本格的な地上侵攻の準備を整えた。激しい地上戦が、避けがたい状況となってきた。
事は、中東地域に留まらない。今後の展開は、世界の平和と安定を揺るがす。たとえば榴弾砲など、イスラエルが必要とする武器弾薬の多くを、いまウクライナ軍が必要としている。今後、イスラエルへの軍事支援が増えれば増えるほど、そのぶんウクライへの支援が減る。ロシアに有利な状況を招く。
虎視眈々としているのは、ロシアのプーチンだけではあるまい。今後、中東情勢が泥沼化すれば、そのぶん、アメリカ軍が東アジアに展開できる戦力も制限される。すなわち、中国にとって、台湾へ侵攻する絶好のチャンスを生む。
ウクライナ情勢はもとより、緊迫化する中東情勢は、日本と周辺地域の安全保障を揺るがしかねない。はたして、わが国に備えはあるのか。
11月28日発売予定の拙著最新刊は、題して『台湾有事の衝撃 そのとき、日本の「戦後」が終わる』(秀和システム)。タイトルのとおり、台湾有事が日本に与える深刻な影響を描いた。
なぜ、そのとき、日本の「戦後」が終わるのか。詳しくは拙著に委ねるが、ここでは以下、昨年出版された研究書『台湾有事のシナリオーー日本の安全保障を検証する』(ミネルヴァ書房)を借りよう。
同書の編著者は、森本敏・元防衛相と、小原凡司・慶應義塾大学SFC研究所上席研究員(元在中国防衛駐在官)のお二人。広く知られたとおり、両者とも、海空自衛隊で勤務した経験を持つ(元1佐)。
その他、各章を執筆した著者陣にも、以下のとおり、陸海空自衛隊の要職を担った先輩後輩ら逸材の名前が並ぶ。
長島純(元航空自衛隊幹部学校長・元空将)、廣中雅之(元航空教育集団司令官・元空将)、磯部晃一(元東部方面総監・元陸将)、池田徳宏(元呉地方総監・元海将)、武居智久(元海上幕僚長)、黒崎将広(防衛大学校教授)、真部朗(元防衛審議官)(以上、掲載順)。
そもそも安全保障上、なぜ、台湾が重要なのか。
〝大人の事情〞に忖度したせいか、日本の「防衛白書」では触れられていないが、軍事的には以下の事実が見逃せない。
同書「はじめに――なぜ台湾なのか」で、小原研究員が、こう指摘している。
中国の戦略原潜は、南シナ海に突き出した海南島の楡林基地に配備されており、米海軍は中国の戦略原潜が出港する時から追尾したいと考えるため、これが南シナ海における米中軍事プレゼンス競争の要因の一つになっている。もし、台湾に中国海軍の基地が建設されれば、中国の戦略原潜は直接太平洋に入ることができる。
もし、そうなると、海上自衛隊や米海軍が、中国の戦略原潜を補足することは、きわめて困難となってしまう。米国としては、中国の戦略原潜から発射される核ミサイル攻撃という死活的なリスクにさらされる。
しかも現在、中国海軍(人民解放軍海軍・PLAN)は、射程約7200kmのSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)「JL-2」を搭載する「ジン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)」(戦略原潜)を運用している。
加えて、最大射程1万2000kmに達する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「JL-3」(巨浪3)が「ジン級SSBNにすでに搭載されているとの指摘もある」(防衛白書)。
今年10月19日、米国防総省が公表した、中国の軍事・安全保障に関する年次報告書では、今年5月時点で中国が保有する運用可能な核弾頭数を500発超と推計し、2030年には核弾頭数が1000発を超す可能性が高いと指摘した。
この報告書は、中国の「晋」級・戦略原艦に搭載された上記新型SLBM「JL-3」が、中国沿岸の海域から米本土を射程に収めているとも分析した。
そうだとすれば、すでに米本土を射程下に収めていることになる。米国として、言うまでもなく、許容できないリスクである。
ウクライナ戦争と中東情勢の行く末は、東アジアの平和と安定に深刻な影響を与える。地球の裏側の出来事と傍観することは、もう許されない。