パレスチナ自治区の政治家の「問い」

今回はパレスチナ自治区の著名な政治家(元パレスチナ情報庁長官)、ムスタファ・バルグーティ氏(Mustafa Barghouti)の問いかけについて考えたい。同氏はCNNとのインタビューで、「米国はウクライナでは占領軍(ロシア)を批判する一方、中東では占領軍(イスラエル)を支援している」という問いだ。

パレスチナの著名な政治家ムスタファ・バルグーティ氏(Mustafa Barghouti)Wikipediaより

少し説明する。ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナ領土に侵略した時、米国を含む西側諸国は「ロシアのウクライナの主権蹂躙」として、ロシアを国際法違反だと厳しく批判した。

一方、イスラエル軍はパレスチナ自治区のガザを実効支配するハマスの10月7日の奇襲テロへの報復としてガザ地区を包囲し、ガザに地上軍を派遣して戦闘を繰り返しているが、米国や他の欧州諸国はイスラエルの軍事行動をパレスチナの主権侵略とは受け取らず、ハマスのテロ攻撃への自衛権の行使として容認し、支持している。

前者は明らかに軍事大国ロシアの他国の主権蹂躙に当たり、議論の余地はないが、後者はパレスチナ人の視点からいえば、ガザ地区を包囲するイスラエル軍は占領国の立場であり、その占領地に軍を送り、ガザ地区を破壊する軍事活動はパレスチナ人の自治権、人権を蹂躙する行為だという論理になる。

そこでバルグーティ氏は問いかけるわけだ。米国を含む西側諸国は前者の主権蹂躙を指摘し、侵略国ロシアに対して制裁を科している一方、後者の場合、イスラエルの軍事行為を容認し、連帯を表明している。「なぜか」だ。ちなみに、国際人権擁護グループ「アムネスティ・インタナショナル」は「人権問題で西側諸国はダブルスタンダートだ」と批判している。

ガザ地区は長さ約40キロ、幅6キロ~12キロの約365キロ平方メートルの細長い地域に約220万人のパレスチナ人が住んでいる。その大きさはオーストリアの首都ウィーン市より少し小さい。ガザ地区には3カ所、国境検問所があるが、イスラエル軍は全てを封鎖してきた(ラファ検問所は現在、人道支援の受け入れ先としてオープン)。中東のメディアはガザ地区を世界最大の野外刑務所と呼んできた。

ウクライナの主権を蹂躙したロシアのプーチン大統領はガザ地区の現状を「ナチス・ドイツ軍に包囲されたレニングラード(現サンクトペテルブルク)のようだ」と述べ、イスラエル軍をナチス・ドイツ軍と同列に置き批判する一方、ハマスの奇襲テロに対しては何も言及していない。

ロシアはこれまでパレスチナ人の解放運動を支援してきた。その意味で、ハマスのテロは非人道的な暴力行使ではなく、民族の解放運動の一環と受け取っていることが推測できる。それだけではない。プーチン大統領は真顔で「ウクライナ戦争はキーウ政府とそれを支援する欧米諸国が始めた」と主張している。

バルグーティ氏の問いかけを考える前に、「ハマスとパレスチナ人は別だ」ということをもう一度確認する必要がある。中国共産党政権と中国国民とは違うように、イスラム過激テロ組織「ハマス」と大多数のパレスチナ人とは別だ。イスラエルを占領国というより、パレスチナ人はハマスに支配され、統治されている住民というべきではないか。実際、イスラエル軍はガザ地区で本格的な軍事活動をする前にガザ市民を避難させるために南部に移動するように何度か要請している。どの国の占領軍が住民に戦禍を避けるために避難を求めるだろうか。

ただ、問題はある。イスラエル軍の目的がハマスの壊滅だとしても、戦闘で多くの民間人、住民、子供たち、女性たちが犠牲となることは避けられないことだ。だから、ハマスはイスラエル軍の空爆を受ける度に、負傷したパレスチナ人を映像に流して、イスラエル軍の非人道的な戦闘を国際社会に訴える。バルグーティ氏が「ハマス」を「パレスチナ民族解放運動」と考えるならば、イスラエル軍の攻撃を支持する欧米諸国のダブルスタンダートが問われることになるかもしれない。

ところで、ニューヨークの国連総会で先月27日、イスラエルとイスラム過激テロ組織「ハマス」の戦闘が続くパレスチナ自治区ガザを巡る緊急特別会合が開かれ、ヨルダンが提出した「敵対的な行為の停止につながる人道的休戦」を求める決議案が賛成120票、棄権45票、反対14票で採決されたばかりだ。

アラブ諸国がまとめた決議案ではイスラエルをテロ襲撃したハマスの名前は言及されず、ただ、10月7日以後のイスラエル軍の報復攻撃の激化に対する懸念だけが表明され、「敵対行為の停止」につながる「即時恒久的かつ持続可能な人道的停戦」を求めている。

同決議案に反対票を投じた国は、イスラエル、米国、グアテマラ、ハンガリー、フィジー、ナウル、マーシャル諸島、ミクロネシア、パプアニューギニア、パラグアイ、トンガ、オーストリア、クロアチア、チェコの計14カ国に過ぎない。イスラエルを支持し、連帯を表明してきたドイツ、英国は棄権し、フランスは賛成票を投じている。欧米諸国でもパレスチナ問題ではコンセンサスがないことが分かる。

独週刊誌シュピーゲル(10月21日号)には読者から大きな反響を呼んだエッセイが掲載されていた。タイトルは「南から観た中東」で、インド出身でロンドンに住む著作家パンカジ・ミシュラ氏(Pankaj Mishra)が、「イスラエルとパレスチナ紛争で誰が犠牲者で誰が加害者か」と問いかけている。エッセイではグローバルサウスの視点から中東情勢を眺めている。そして欧米諸国のモラルや価値観が決して世界共通のものではないという現実を浮かび上がらせている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。