台湾有事の衝撃:そのとき、日本の「戦後」が終わる

潮 匡人

前稿に続き、今回も、研究書『台湾有事のシナリオ――日本の安全保障を検証する』(ミネルヴァ書房)を借りよう。同書「第2章 台湾シナリオ」は、こう指摘する。

台湾は中国の空爆が開始される前に戦闘機等の退避を検討する可能性がある。日本は米国の同盟国であり、地理的な位置も、機体の整備補給の面でも、台湾軍機が退避するのに適した条件を備えているが、中国に配慮する日本政府は台湾軍機の受け入れを容易に決断できないだろう。

私も以前から、その可能性を指摘してきた。それが証拠に、2000年に刊行された最初の拙著『アメリカが日本を捨てる日』(講談社)の第8章は、題して「台湾軍機飛来す」だった。「第二次朝鮮戦争、勃発。中国軍、台湾に侵攻す!? 防衛庁元幹部が描く戦慄のカタストロフィー」と宣伝された「本当のノンフィクション・ノベル」(鈴木光司・作家)である。

マイケル・グリーン顧問(米国防総省・後に米大統領顧問)による「潮匡人は日本のトム・クランシーになるだろう」との推薦文も頂戴した(そうなっていないのが恥ずかしいが)。それから四半世紀近くが過ぎ、ようやく理解が浸透してきたということだろう。

中華民国(台湾)

台湾本島は、南北に約370km、東西に約180kmと、ほぼ九州本島と同じくらいの面積である。南北に急峻な山岳地があり、多くの国民が島西側の平野部に居住している。このため、中国による第一撃をかわすべく、空軍の作戦機は山岳地帯に掘られた防空施設などに避難することになるが、そうなる前に、できれば日本へ退避するほうが望ましい。

とくに、米軍基地もある沖縄は、「地理的な位置も、機体の整備補給の面でも、台湾軍機が退避するのに適した条件を備えている」(同書)。問題は、「中国に配慮する日本政府」が台湾軍機の受け入れを決断できるのか、である。

同書「第5章 台湾シナリオと自衛隊の作戦構想」を執筆した廣中雅之・元空将もこう危惧を抱く。

長距離攻撃作戦はパイロットなどの犠牲を伴うことが予測される危険な作戦行動であり、緊急事態の発生時、この重要かつ極めて危険な長距離攻撃を、米国に全面的に依頼して、日本がこの作戦行動に一切参加しないという選択肢はおよそ考えにくい。この共同作戦に参加しなかった場合には、おそらくタダ乗りを許さない米国の対日世論は沸騰し、日米同盟関係の維持に重大な影響を与えるかもしれない。

長距離攻撃作戦は、核・ミサイルの近代化と増大する保有量への対処として、また、日米同盟関係を維持する観点から、戦略守勢の防衛態勢の下でも行わざるを得ない作戦行動である。

もし「共同作戦に参加しなかった場合には、おそらくタダ乗りを許さない米国の対日世論は沸騰し、日米同盟関係の維持に重大な影響を与える」に違いない。それこそ、『アメリカが日本を捨てる日』である。

なかでも深刻なのが、台湾有事を巡る問題である。

自国の軍事力に自信を持った中国が、その核心的利益を守るべく台湾侵攻に着手した場合、そして台湾と国際社会がこれに全力で対処を開始しているという情勢の中で、米国以上に曖昧な対台湾政策をとり続けている日本が、国家レベルでこの問題に対処する準備が十分にできているとは到底思えない。日本では政治的な大混乱が起こる可能性が高い。

前述のとおり、米中対決の最前線となる日本が、台湾危機において台湾防衛に関与をすることができなければ、直接介入をするであろう米国の政治的な信頼を大きく損ない、日米同盟関係は破綻する可能性が高い。一方で、日本が台湾防衛に直接関与をすれば、中国の軍事的な脅威を直ちに被ることとなる。

そのうえで、廣中元空将は同書第5章を、こう締める。

日本は、地政学上、また、日米同盟関係上、自ずから台湾危機の当事国となるとの覚悟が何より重要である。

以上の趣旨を踏まえての発言なら、私も「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と考える。これまで私が「台湾有事は日本有事ではなく、極東有事である」と訴えてきたのは、「台湾有事は日本有事」と切り取られ、独り歩きすることで、「事前協議」や中国による核恫喝といった重要な論点が吹っ飛んでしまったからである。

けっして、日本で「政治的な大混乱が起こる可能性」を否定したわけではない。それどころか、廣中先輩が指摘するとおり、「日米同盟関係は破綻する可能性が高い」と危惧している。それこそ『アメリカが日本を捨てる日』となろう。

加えて、私も「中国の軍事的な脅威を直ちに被ることとなる」とも危惧している。拙著がサブタイトルで掲げたごとく、そのとき、日本の「戦後」が終わる。