最近、ChatGPTなどのAI技術が話題になることが増えました。しかし、文章が完全にAIに置き換わることは考えられません。本質的な部分がなくなるとは思えないのです。
導入部分のインパクト
文章には、「知ってもらう」「理解を深める」「説得する」「記録として残す」など、さまざまな機能があります。インパクトをもって効果的に伝えるために大切になるのが、「フック」です。読者の気持ちをつかむには、導入部分にフックがないと次の文章に誘導できません。
特に最初の100文字は重要です。この3行でフックが掛からないと読んではもらえません。フックで読者の心をつかみ、心を刺激することが重要なのです。ただし、フックが大事といっても、そればかりに意識が向くと過剰な書き方になったり、内容が伴わない文章になったりしてしまうので注意しなければなりません。
また、フックを掛ける際には、全体のストーリーと最後にメッセージを用意しておくことも必要です。最後にメッセージを用意することで主張がはっきりするからです。
日常的な仕事でも、フックを意識していると役立ちます。たとえば、企画書、プレゼン、セミナー資料も同じことです。さまざまな商品やサービスがあふれている時代、相手に「なるほど!」と思わせるメリットを感じてもらうポイント、つまり、フックがないと、一本調子で話を聞いてもらうこともできません。
フックがあることで、相手は「そういうことだったのか!」と納得するからです。そのためには、フックが掛かった後、読者に期待することを明文化することも必要になります。まずは相手がどう捉えるか。誰に向けて、何を、何の目的で、どう伝えるか。きっちり整理してみましょう。
時代とともに文章は変化する
ニュースサイトで書き始めた頃の話です。トレンドを理解するために、著名な日本語学者のテキストを読みあさりました。あるサイトで以下のような説明がされたのを覚えています。「日常的なコラムであればA氏がお勧めです。B氏の格調高い文章も捨てがたいですね」。
B氏の格調高い文章はお手本として、多くの人にとってバイブルになるという趣旨だと理解しました。ところが、最近になってB先生を批判する人が多いことに気がつきました。以前は「お手本」だったものが、今ではそうではないのです。文章や話し方は時代とともに変わるので、当然といえば当然のことなのでしょう。
小説家、丸谷才一「文章読本」(中央公論社)には、次のような記述が確認できます。
名文であるか否かは何によって分れるのか。有名なのが名文か。さうではない。君が読んで感心すればそれが名文である。たとへどのやうに世評が高く、文学史で褒められてゐようと、教科書に載つてゐようと、君が詰らぬと思ったものは駄文にすぎない。
丸谷は、決めるのは読み手自身と明言しています。さらに、文章を見極める視点を持つことを推奨しています。では、時代の変遷に左右されない普遍的なお手本とは何か。
中原淳一という、昭和に活躍した作家がいます。彼は、少女雑誌「ひまわり」の昭和22年4月号に次のような文を寄せています。
美しいものにはできるだけふれるようにしましょう。美しいものにふれることで、あなたも美しさを増しているのですから。
今の時代でも通じるようなクオリティーのコピーだと思いませんか。時代の変遷に左右されない普遍的なお手本とは、著者の技術的探求の結晶ではないかと思います。このような文章を、ChatGPTが創作することは困難です。至極の文章は色褪せることがありません。