戦況を含め、キーウから流れてくるウクライナ情報はここにきて余り芳しくはない。東部・南部での戦況でウクライナ軍の攻勢が停滞する一方、ゼレンスキー大統領の政治スタイルを「専制主義的」といった批判の声が国内の野党(例・キーウ市のビタリ・クリチコ市長)から飛び出し、ウクライナの政治エリート層の腐敗問題が欧米メディアで頻繁に報じられてきた。
それだけではない。ウクライナが対ロシア戦で敗戦する危険性が出てきた、といったシナリオまで飛び出してきたのだ。ロシア軍は世界の軍事大国だ。「ウクライナ軍はこれまで善戦してきたが、ここにきて息切れしてきた」、「ロシア軍の抵抗に遭ってウクライナ軍の反攻は失敗した」といった類の軍事専門家の評価まで聞かれ出したのだ。「ウクライナの敗戦」予想は今年上半期では聞かれなかったシナリオだ。ロシア側の情報工作の成果だろうか。
「ウクライナ敗戦シナリオ」が飛び出した直接の原因は、ウクライナ軍の守勢というより、同国への最大支援国・米国の連邦議会の混乱を反映したものだろう。米国がウクライナへの支援を停止した場合、といった前提に基づく予測だ。総額1105億ドルの米国の「国家安全保障補正予算」のうち約614億ドルがウクライナへの援助に充てられ、140億ドル相当がイスラエルへの援助に充てられていることになっているが、米共和党議員の中ではウクライナ支援の削減を要求する声が高まっているからだ。
米共和党議員の中には、ウクライナ支援と難民政策をリンクさせ、「バイデン米政権がこれまで以上に強硬な難民政策を実施するならば……」といった条件を持ち出す者もいるのだ。共和党は現難民法を大幅に強化し、入国許可する移民数を減少させたい。
共和党穏健派のミット・ロムニー議員は、「われわれはウクライナとイスラエルを支援したいが、そのためには民主党は国境開放を阻止する必要がある」と述べ、共和党が補正予算を承認するかどうかは国境の安全問題の解決にかかっているというわけだ。
民主党支持者の大多数はウクライナ支持に賛成している一方、共和党支持者の中で賛成しているのは少数だ。特にドナルド・トランプ前大統領の支持者らは支援を拒否している。来年11月の大統領選を控え、民主党・共和党両党とも選挙戦モードだ。
ゼレンスキー大統領の首席補佐官アンドリー・イェルマック氏はワシントンでのイベントで、「米議会が支援をすぐに承認しなければ、ウクライナが戦争に負ける可能性が高い」と警鐘を鳴らしているほどた。また、ホワイトハウスは「ウクライナへの資金は年末までに枯渇する」と議会に警告している。バイデン米大統領は、「ウクライナ支援の削除は間違っている。米国の国益にも反する」と強調し、ウクライナ支援の履行を約束している。
ウクライナ支援問題では、米国だけではなく、欧州諸国も揺れ出している。欧州連合(EU)27カ国で対ウクライナ支援で違いが出てきている。スロバキア、ハンガリーはウクライナへの武器支援を拒否し、オランダでも極右政党「自由党」が11月22日に実施された選挙で第一党となったばかり。もはや前政権と同様の支援は期待できない。欧州の盟主ドイツは国民経済がリセッション(景気後退)に陥り、財政危機に直面している。対ウクライナ支援でも変更を余儀なくされるかもしれない。
欧州議会の中道右派「欧州人民党グループ」のマンフレッド・ウェーバー代表は、「ウクライナがこの戦争に負ければ平和はない。プーチン大統領は我々を攻撃し続けるだろう。プーチン大統領が移民を政治的武器として利用しているため、フィンランドは対ロシア国境を閉鎖している。バルト三国ではロシアからのサイバー攻撃が毎日見られ、スロバキアではロシアからのフェイクニュースが溢れている」と指摘、各国政府首脳に対し、「来週のEU首脳会議ではウクライナ支援の明確なシグナルを送る必要がある」と述べた。
一方、プーチン大統領は11月27日、議会が既に承諾した2024年予算案に署名したばかりだ。同予算では国防費は前年度比で70%増額されている。GDP(国内総生産)に占める国防費の割合は6%。ウクライナ戦争の長期化に備えた準備と受け取られている。
プーチン大統領は来年3月17日実施予定の大統領選での5選を目指して独走態勢を敷く一方、6日にはアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビア両国を訪問するなど、積極的な外交を見せている。国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)が3月17日、プーチン大統領に戦争犯罪容疑で逮捕状を発布した時、プーチン氏には追い込まれたような困惑と危機感が見られたが、ここにきて余裕すら見せてきているのだ。
以上、2023年の終わりを控え、ウクライナにとって2024年の予測は楽観的ではない。厳密にいえば、かなり悲観的だ。プーチン大統領と停戦・和平交渉に応じるか、それともクリミア半島を含む全被占領地をロシア軍から奪い返すまで戦争を継続するか、ゼレンスキー大統領は厳しい選択を強いられてきている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。