国際学力調査「PISA」で日本の読解力順位が急上昇したワケ

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PISA2022概要と総括

国際的な学習到達度調査「PISA」は、時に教育行政にも大きな影響を与える。2023年12月5日、その最新調査「PISA2022」の結果がOECD(経済協力開発機構)から発表された。本来は2021年実施の予定だったがコロナ禍の影響で1年延期され、4年ぶりの調査となった。

今回日本は数学的リテラシーにおいて全参加国・地域中で5位(OECD加盟国中1位)、科学的リテラシーは同2位(同1位)の結果となったが、注目の読解力は同3位(同2位、前回11位)と急回復した。

推移グラフは国立教育政策研究所「PISA2022のポイント」より引用。
※ 2022調査への参加は全体で81か国・地域、OECD加盟国は37か国

以下「PISA2022」の結果概要について、国立教育政策研究所が公表した「PISA2022のポイント」から抜粋する。詳細については公表資料をご参照頂きたい。

【PISA調査とは】

  • 義務教育修了段階の15歳の生徒が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測ることを目的とした調査。
  • 読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について、2000年以降、おおむね3年ごとに調査実施。 各回で3分野のうちの1分野を順番に中心分野として重点的に調査。
  • 2015年調査より、筆記型調査からコンピュータ使用型調査(CBT)に移行。
  • 平均得点は経年比較可能な設計。

【PISA2022について】

  • 81か国・地域から約69万人が参加。日本からは、全国の高等学校、中等教育学校後期課程、高等専門学校の1年生のうち、国際的な規定に基づき抽出された183校(学科)、約6,000人が参加(2022年6月から8月に実施)。
  • 中心分野は、数学的リテラシー。
  • 新型コロナウイルス感染症の影響で、2021年に予定されていた調査を2022年に延期して実施。

【PISA2022の結果概要(日本)】

  • 数学的リテラシー(1位/5位)、読解力(2位/3位)、科学的リテラシー(1位/2位)3分野全てにおいて世界トップレベル。前回2018年調査から、OECDの平均得点は低下した一方、日本は3分野全てにおいて前回調査より平均得点が上昇。
  • 今回の結果には、新型コロナウイルス感染症のため休校した期間が他国に比べて短かったことが影響した可能性があることが、OECDから指摘されている。
    このほか、
    「学校現場において現行の学習指導要領を踏まえた授業改善が進んだこと」
    「学校におけるICT環境の整備が進み、生徒が学校でのICT機器の使用に慣れたこと」
    などの様々な要因も、日本の結果に複合的に影響していると考えられる。

(「PISA2022のポイント 国立教育政策研究所」より引用、太字は引用者)

なぜ順位が上がったのか、その背景

※本項目は一私見に過ぎない。統計的な評価については国立教育政策研究所をはじめとする精密な分析を必ず参照して頂きたい。

数学・英語・国語を生徒に直接指導する筆者が見る限り、前回(2018年)も今回(2022年)も、15歳時点における日本の学生の「読解力」は同等の高い水準にあったとみている。

ではなぜ前回は11位に低下したかというと、その原因は「読解力」由来ではなく「読解以後のアウトプット段階」に大きな阻害要因があったとみるべきである。

【低下の背景】2015年調査以降、筆記型からコンピュータ使用型調査に移行

筆記型調査の最後となった2012年の日本の読解力は「538得点、34か国中1位」であった。それがコンピュータ使用型試験導入直後の2015年調査で「516点(22点減少)、35か国中6位」に急低下し、2018年では「504点(12点減少)、37か国中11位」となった。

2012年に比べ2015年から2018年にかけて、読解力が急低下するような教育カリキュラム上の改悪があったとは考えにくい。

その一方当該期間に起きた差異の主要な一つに「コンピュータ使用型への移行」があった。当時日本の若者が親しんでいたICT機器においてキーボード入力は必須の技術ではなく、日本語入力の特殊性とも相まって調査においてキーボードを使って文章をアウトプットする段階で他国に比べて出遅れたのではないかと筆者は考えている。

【上昇の背景】世界のコロナ禍と日本のGIGAスクール促進

2020年に入り新型コロナのパンデミックが世界を襲い、結果として教育の停滞が世界的に起きた。日本も流行初期こそ休校措置を実施したがその後は手探りながらも感染対策に尽くした。そのため修学旅行や学校行事の自粛など学生・生徒・児童やその家族に大きな負担をかけながらも学校教育が停滞することはなかった。

ここで特筆すべきは、教育現場の教職員の奮闘と文部科学省等の行政による「GIGAスクール」の促進である。感染症対策の文脈と合わせて、ICT機器を活用した教育の維持向上を目指した。具体的には「一人一台」の教育用ICT機器の配布とそれを活用した情報教育に尽力していたことを忘れることはできない。なお報道されていないが、これらの背景に萩生田文部科学大臣の決心と尽力があったことを筆者は偶々知っている。

程度の差はあれ世界各国が感染症の流行で教育行政の遅滞を招いていた一方で、日本が相対的には環境適応に成功した結果、相対的な国際順位は11位から2位(OECD加盟37か国中)へと急上昇した。

読解偏重の大学入学共通テストを修正せよ

※本項目は私見を踏まえた要望である。

2020年まで行われていた大学入試センター試験に代わって2021年1月から「大学入学共通テスト」が開始された。この試験の設計が進む最中に「PISA2018読解力低下ショック」が出来した。その因果関係の強さは筆者にはわからないが、事実として現行の試験では「情報読み取り能力」を判定する傾向が強く打ち出されている。

筆者は当該テスト受験生に対して数学を中心に指導を続けてきたが、「数学力」を見るうえでは旧センター試験時代の問題設定のほうが適していると考えている。

その理由を簡単に言えば次の通りである。

現行の共通テストで受験生は、大量の文章読解と情報読み取りを強要される。相対的な時間不足のなかで情報取得に忙しく「問題解決のための熟考」をすることがなかなか許されない。そのため不本意ながら「反射的な解答技術」を磨くことが求められる。これは、深い思索が必要なタイプの数学的素養を測定するにはやや不適切な問題セッティングである。

事実、(統計的調査の結果ではなく個人的な経験にすぎないが)「数学的素養の高い受験生」でも丁寧に思考を尽くすタイプの場合にはスピード練習を積まないと満点がとりにくい。丁寧に読み解くには時間が足りないのである。この点で旧センター試験時代の問題の方が文章量的にも内容的にも適切であった。

ほかの科目においても同様の傾向が見られ、全体として「大量の文章を読解し情報を読み取る情報リテラシー」試験の色合いが強く、深い思索に優れた人材が国公立大学に進学する上で不利となる試験が実施されていると感じる。そのため現行の大学入試制度に関して、人材の選抜と登用という観点から大いに疑問を感じている。ただしこの選抜方法変更の影響が判明するのは10年以上のちのことであろう。

PISA2022において日本の読解力の相対順位が復活した現在、どうかショックから解放されて、せめて数学だけでも旧センター試験時代のテスト形式に戻すことはできないだろうか。それが受験生のためであり、将来の日本のためにもなると筆者は考える。