(前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難④)
発展途上国での風力・太陽光の導入
発展途上国での電力需要の増加
季節変動と予測が難しい短期変動がある風力や太陽光発電(VRE)に全面的に依存するには、出力変動対策が不可欠です。今後、経済成長が予測され、電力需要が増大する発展途上国が、VRE導入を拡大できるかは、世界のGHG削減に大きく影響します。
図23に、前記所得分類グループの発電電力量の推移を示しました。高所得国-改とEU-28は、過去10年ほど、電力需要はほとんど増加していません。その他のグループは、程度の差はありますが、経済成長により電力需要が増加を続けています。
GHGネットゼロを目指すには、エネルギー消費を低減し、消費エネルギーを極力電力化し、電力の脱炭素化を図ることが基本です。今後、電力需要は増加すると想定されます。発展途上国が、GHGネットゼロ対策をどれだけ実行できるかは不確かですが、EV車への移行は否応なく進み、電力需要の増加を加速するでしょう。電力需要が増加する状況のもとで、発展途上国はVRE導入を拡大できるかが問題になります。
EUでのVREの導入
図24に、EU-28の発電設備容量の推移を示しました。発電電力量でないことに注意して下さい。2000年代に入るとVREの導入が始まり、2010年頃から導入が加速しています。一方、図23に示したように、発電電力量は2010年頃からほとんど増加していません。
VREは電力供給を増やすためでなく、GHG削減のためだけに導入されたことが分かります。VREが優先的に運転され、火力発電の稼働率が低下することでCO2排出量が低減されるわけです。
VREの出力変動に対しては、ドイツの例で紹介したように、既存の火力発電の変動運転と、それで調整できない分は、欧州電力網を経由した電力の輸出入により受給調整が行われています。
風力発電の比率が50%近いデンマークでも、年間電力需要がドイツの10%以下と小さいこともあり、電力の需給調整は電力輸出入などで行われています。しかし、欧州電力網があっても、将来、欧州全域で化石燃料発電が減少した時点では、電力輸出入の相手国側で発電出力を調整する能力が低下します。そのため、電力の輸出入による大幅な需給調整はできなくなると考えます。
これ迄、EU-28によるVREの導入拡大では、水素システムのようなGHGネットゼロを目指すVREの出力変動対策は実施されていません。しかし、今後GHG削減が進展すると、VREの導入と出力変動対策は、高い費用が掛かるものになるでしょう。
東日本大震災での太陽光発電の導入
参考までに、東日本大震災での太陽光発電の導入について紹介しておきます。図25に日本の発電電力量の推移を示しました。年間発電電力量は、1990年半ば以降1兆kWhを少し超えた水準で推移してきました。石油火力が少しずつ減少し、ガス火力と石炭火力が増加してきました。2009年の電力量の落ち込みはリーマン・ショックによる景気後退を反映したものです。
2011年3月の東日本大震災により、総電力の約25%を占めていた原発がほとんどゼロになりました。この事態に電力供給を支えたのは、LNG火力の発電増加と、長期休止していた石油火力の運転などです。
同年5月のG8サミットで、当時の菅直人首相は、原発に代え「1000万戸の家庭に太陽光発電パネルを置く」と唐突に述べました。再エネ電力の導入促進のため、2012年7月に全量買取のFIT制度が始まりましたが、5年後の2017年の総電力量に占める太陽光発電の割合は5%でした。それでも翌年には、太陽光発電の過剰電力により、FIT電力の買取停止問題が発生しました。FITによる太陽光電力買取の国民負担を軽減するため、FIT制度の改正へとつながりました。電力供給の増加は簡単にできるものではなく、将来を見据えた長期計画が不可欠です。
発展途上国の電力需要増大とVRE
将来、VREの発電コストは、火力発電を下回ることも想定されているようですが、発展途上国の電力需要の増加に対し、GHG排出削減のためにVREを大幅導入することができるでしょうか。
発展途上国が経済成長するには、安価で安定な電力供給が不可欠です。電力需要の増加に、VREの導入で対応するなら、電力の安定供給のために出力変動対策が必要です。安価な対策は、火力発電の新設によるバックアップですが、発展途上国がそのような二重投資をすることはないでしょう。なお、ドイツの例で紹介した水素システムが発展途上国で広く利用されるのは、かなり先の将来です。
常識的に考えれば発展途上国は、電力需要の増加に対し火力発電を新設することで電力の安定供給を図り、経済余力の範囲でGHG削減のためにVREを導入することになるでしょう。なお、VREの導入量を増やすことは、トータルの発電コストを高めるので、安価な電力供給に反することです。また、電力需要の増加が無い状況でVREのみを導入している先進国より、火力発電とともにVREも新設する発展途上国は、発電関係の経済負担が大きくなります。
現状、世界のGHGの2/3を排出している発展途上国は、経済成長することで電力需要が増加し、火力発電を増加させることでしょう。新設される火力発電が、GHG排出量の多い石炭火力となることが危惧されます。
図26に、中国とインドの電源構成を示しました。石炭火力が2/3前後を占めています。経済成長のため、国内で産出する安価なエネルギーに依存してきたことが分かります。
対応策の例示
現状世界のGHG排出量の2/3は発展途上国によるもので、先進国が2050年GHGネットゼロを達成できたとしても、世界全体ではGHGネットゼロに到底及ばないでしょう。
それではどうすべきか、難しい問題で多くの人が知恵を出すべき事柄です。しかし、何も提案をしないないのは少し無責任と思い、筆者の考えを以下に例示しました。
天然ガスの安定供給
2050年GHGネットゼロに拘っても、発展途上国が達成できる可能性は低く、実行可能なGHG削減策を併せて考えるべきです。
発展途上国によるGHG削減策として、石炭から天然ガスへの転換は、天然ガスの安定供給が図れるなら、風力発電や太陽光発電(VRE)の普及より容易と考えます。図27に現状世界の一次エネルギー供給量(TES)の内訳を示しました。石炭が27%を占めています。
図28には、前記7グループの一次エネルギー供給量の内訳を示しました。また、図29は、7グループの燃料燃焼によるCO2排出量の内訳です。
図28からは、中国の石炭消費量が圧倒的に多いことが分かります。なお、2020年の中国の統計データで、火力発電用が52%、鉄鋼生産のコークス製造が16%を占めています。図29には、中国の石炭消費がCO2排出量を増大させていることが明瞭に示されています。
石炭の炭種により少し違いますが、天然ガス燃焼による発熱量当たりCO2排出量は石炭の0.56倍前後です。
また、採掘から燃焼装置供給までのLCAを考慮した温暖化影響評価は、水圧破砕法による天然ガス、LNG化船舶輸送とパイプライン輸送の違い、炭層メタンを含めたメタン漏洩量などでかなり異なりますが、多くの場合、天然ガスは石炭の0.6~0.65くらいと考えられます。従って、石炭から天然ガスに転換することで、35~40%のCO2排出削減が期待できます。
中国は人口で世界の約18%を占めていますが、石炭供給量は世界の6割近く(IEAの2020年データで約57%)を1国で占めており、最大のGHG排出国となる原因となっています。前述のように、人口の半分を占める高所得層の1人当りGHG排出量は、高所得国の水準に達していると推定されます。多額の軍事費を投じる余力があるのですから、石炭消費を低減してもらわなければならないと思います。
しかし、石炭から天然ガスへの転換は、中国だけの問題ではありません。現状インドの化石燃料供給量で石炭は70%を占めています。今後、経済成長でエネルギー消費が増大すると、石炭消費でも中国を追従することになるでしょう。また、発展途上国が電力需要の増大で新設する火力発電の半分くらいは、石炭火力になる可能性があります。石炭から天然ガスへの転換の重要性は増大するでしょう。
しかし、中国が天然ガスへの転換を進めただけでも、世界の天然ガス供給が不足することは明らかです。石炭から天然ガスへの転換は、世論を喚起するだけで解決する問題ではありません。
日本も電源構成で約30%を占める石炭火力の廃止を求められています。しかし、それに応じないのは、不測の事態でもエネルギーを安定に確保するには、エネルギーの多様化が必要であることを1970代の石油危機の経験で学んだためです。ウクライナ侵攻で、その必要性が裏付けられました。
石炭から天然ガスへの転換を促進するには、先ず、天然ガスの生産量を増やし、不測の事態にも安定供給されることが必要です。天然ガス生産量で世界2位、賦存量で1位のロシアへの依存を無くすと言っているようでは達成できないでしょう。また、生産や流通の過程でのメタン漏洩の低減も必要です。
化石燃料への依存が大幅に減少するまでの100年くらい、天然ガスを中心とした燃料消費に転換する提案です。市場原理に任せていたのでは達成できないかもしれません。達成方法について筆者にアイデアはありませんが、2050年GHGネットゼロに比べれば、遥かに容易な目標と考えます。
その他の提案例
先進国で現在実施されているGHG削減策は、経済負担を伴うものが大半であると思います。エネルギー節減により数年で投資回収できる省エネ策の多くは実施済みのためです。
一方、発展途上国では、産業用なら2~3年で、民生用なら4~5年で投資回収できる省エネ対策が、実施されずにかなり残されていると考えます。なお、産業用の投資回収期間を短く考えるのは、現状の生産状況が何年も続くとは限らないためです。その様な省エネ対策が実施されなかったのは、初期投資を行う資金余力が乏しいことが主な理由でしょう。
経済的に成り立つけれど、実施されずに残されている省エネ策がどれだけあるか、筆者はデータを持っていません。しかし、図30に例示するように、最大のエネルギー多消費産業である鉄鋼業でも、高炉-転炉鋼生産の一次エネルギー原単位は国によりかなり違い、世界的には削減の余地があることが分かります。
恐らく、発展途上国は先進国より省エネは遅れているでしょう。今後、製造業やエネルギー多消費産業が発展途上国へ移行することを考えると、省エネ推進の重要性は高まります。
日本が保有するような省エネ技術の多くは企業技術ですから、無償で供与するわけにはいきません。先進国全体による資金援助を利用し、発展途上国に普及させCO2削減に役立てるべきです。
発展途上国には、発展途上国に適したGHG削減策が必要です。先ずは、経済負担が少ない対策の実施を求めるべきです。
おわりに
GHG排出削減は、ネットゼロに近付くほど単位GHG削減のコストは高騰します。常識的に考えれば、2050年までに世界全体でGHGネットゼロを達成することは不可能でしょう。
GHGネットゼロを否定するものではありません。しかし、ネットゼロの試みはEUに任せ、日本はGHG削減を60~70%程度で切り上げ、残りの資金を発展途上国のGHG削減支援に充てることが経済的に合理性ある対応と考えます。
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田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。
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