ポピュリズム政党の政権運営はもう御免だ
12月10日、自由至上主義者のハビエル・ミレイ氏が大統領に就任した。彼が大統領に成れたのも、これまで20年間のアルゼンチンの後退に市民は深く憤りを感じているからであった。特にその内の16年の正義党キルチネール派による政権への憤慨は相当なものがある。「もう二度と彼らが政権を担うのは御免だ」というのが大半の市民の気持ちである。
キルチネール派というのは社会主義を踏襲しているような政権で、あらゆる面に規制を設けたがる政党だ。その一方で、キルチネール支持派の議員や党員には金銭面での恩恵を受けれるようになっている。また選挙が近づくと、お金のバラマキをやってキルチネール派の議員に票を入れるように斡旋する。
しかし、一番肝心のインフレについては抑えることができないでいた。なぜなら、必要な資金は紙幣を増刷してそれを補うという手段を常にやって来たからだ。だからインフレは留まることを知らない。実際、ミレイ氏の前任者であるアルベルト・フェルナデス大統領の4年間の政権での累積インフレは700%を超えた。
これで一番困るのは一般の市民である。例えば、店の商品棚にある商品の値段が毎日上がるという現象に直面して来た。また仕入れ業者も仕入れコストが分からないから商品を販売しないという事態も頻繁にあった。
このような生活に20年余り市民は置かれて来たのである。だから、彗星のごとく2年前に議員として登場したミレイ氏がインフレ退治に法定通貨を米ドルにすればインフレは収まると主張して次第に人気を高めて行った。
アルゼンチンでは法定通貨はペソであるが、市民が信頼を寄せている通貨は米ドルだ。市場でこの2つの通貨が使用されている。だから、ドルへの需要が高く、ペソが下落すればその反動でドルが値上がりするという現象がこれまで常に繰り替えされている。これがまたインフレを煽る要因になっている。
ミレイ氏はいっそのことペソを廃止してドルを法定通貨にすればインフレは収まると指摘して来た。実際、これまでもドル化を唱える経済学者はいたが、その場合に不都合が色々と生じるとしてそのままになっている。
しかし、高騰インフレの社会しか知らない若者の間では特権階級に甘んじているキルチネール派の議員を激しく非難するミレイ氏はアイドル的な存在になって行った。だからキルチネール派の候補者との決戦投票では他政党への支持者の票も味方につけてミレイ氏は得票率56%という非常に高い比率で、キルチネール派の対立候補を12%も引き離したのである。余談になるが、日本で「自民党の政権はもう御免だ」という市民の動きはいつ起きるのであろうか?
アルゼンチンの根本的問題は3つある
アルゼンチンの根本的な問題は「絶えることなく高騰するインフレ」、「慢性的に外貨の不足」そして「継続した財政の赤字」ということである。
アルゼンチンは食糧と自然資源に恵まれた国であるから世界のリーダー国になってもよさそうなものであるが、その座を獲得してからもう100年余り後退が続いている。そして今年末のインフレは200%を超えると予想されている。
また外貨の不足は深刻で、例えば、10月23日付で電子紙「Motor1」が報じたことによると、GMアルゼンチンでは部品が入荷せずもう2週間工場が閉鎖されたという。理由は外貨が不足し、生産に必要な部品が輸入できないというのである。その影響で生産は中断し、1300人の従業員は休業した。
アルゼンチンには部品メーカーは少ない。だからどうしても部品も輸入に頼ることになる。その輸入を行うにはセポ(CEPO)と呼ばれている外貨規制がある。それを政府が管理している。だから中央銀行に外貨が不足すると、輸入業者に付与できる外貨枠が縮少あるいは停止される。よって輸入業者はドルが手に入らず必要な物が輸入できなくなるということなのである。
これはGMアルゼンチンだけではない。どの自動車メーカーも大なり小なりこのドル不足の被害を被っている。他の自動車メーカーではブラジルから銅線が輸入できなくなっているという事態も発生している。
中央銀行債を処分するのが先で、ドル化はそのあと
大統領に就任したミレイ氏は、まず最初に中央銀行債(Leliq)を処分したいとしている。中央銀行債というのは2018年に導入されたもので、市場に流通している通貨ペソを買い上げる為にこの銀行債を民間の銀行に高い利息で引き受けてもらう。その為に民間金融機関は預金者からの資金を充ててそれを引き受けて来た。
中央銀行債は政府にとっては負債だ。その総額は23兆ペソ(644億ドル)とされている。アルゼンチンのGDPは6300億ドル。この応急対処として中央銀行債を処分するのに理想的だとされているのは、150億ドルから200億ドルの融資を手に入れることだと言われている。しかし、それだけの金額の融資を手に入れることは難しい。
そこでミレイ氏は大統領に就任して早速取り組まべならないのは財政支出の削減であると方針を変更した。選挙戦中はGDPの15%を削減すると彼は公約していた。しかし、最低でも5%の削減は就任してから出来るだけ早く実行させたい意向だ。
これまで財政赤字を健全化することに取り組んだ政府は皆無であった。といのは、財政緊縮というのが苦手で必要なだけ紙幣を刷るというのがこれまでの政府のやり方であった。何しろ、政府からの補助金が一般家庭、交通費、教育費、保険費、電気料金などなどに支給されている。この歳出負担を削減しようとしないのである。だから、財政の健全化というのは当初から望めないことなのであった。よって高いインフレが慢性化するというのは当然の成り行きであった。
一方、民間の金融機関が新政府に望んでいるのは財政緊縮とインフレを抑制して金利の低下を図ることだとしている。そうすれば中央銀行債も自ずと減少して行くという考えだ。これらの問題を先ず解決した上で、ドル化へ向かうべきだというのが経済界でも中心となっている意見だ。それを怠るとハイパーインフレを招く要素は十分にあるとされている。
このような事情を考慮して、就任早々から米ドル化への移行に踏み切るのは非常に危険だ。先ずは財政の健全化に向かうべきだという結論にミレイ氏は達したようである。だからかれは米ドル化は当面据え置くことに決めたのである。