AIとバチカンの「時代の兆し」

人工知能(AI)は人類の幸福に貢献するか、それともアルゴリズムが救世主となって人類を管理するだろうか。AIの時代を迎え、政治家や科学者の間でもAIへの対応でさまざまな意見が交わされてきた。欧州連合(EU)は9日、世界で初めてAI規制の枠組みで合意した、というニュースが報じられたばかりだ。

バチカンのサン ・ ピエトロ広場 Anton Aleksenko/iStock

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「AI規制法(AI Act)は世界初のもので、信頼できるAI開発のための独自の法的枠組み」と、その意義を説明している。AI規制法は欧州市場に投入され、使用されるAIシステムの安全性、基本的権利と民主主義の尊重を遵守しつつ、欧州のこの分野の企業の成長も確保することを目的としている。

ところで、世界に13億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁でもAIと人類の未来についてホットな意見が飛び出している。バチカンニュースは12月14日、「バチカン、AIを世界平和実現の道具に」というタイトルでかなり長文の記事を掲載していた。

「人工知能の利用を悪魔化すべきではない、技術の進歩について議論するときは、人工知能が人間の尊厳にどのような影響を与えるか、また平和構築にどのように貢献できるのかという観点から論議する必要がある」――これは、次期「世界平和デー」に向けたフランシスコ教皇のメッセージの核心という。このメッセージは14日の記者会見で発表された。

フランシスコ教皇はAIを「時代の兆し」(独語Zeichender Zeit、英語Sign of the Times)と語り、「教会はこれを福音に照らして解釈しなければならない」と述べている。

教皇のメッセージを発表した教皇庁人間総合人間開発省長官のマイケル・チェルニー枢機卿は、「人工知能は時代の兆しであり、人間の創意工夫の他の形態と同様に、それが真に公益に役立ち、人間の不可侵の価値を保護し、私たちの基本的権利を促進するためには慎重な検討が必要だ。なぜならば、AIが人類をどこに導くか分からないからだ」と説明している。同枢機卿は「人工知能は既に私たちの日常生活に強い影響を与えており、今後も影響を及ぼし続けるだろう」というのだ。

同枢機卿は、「テクノクラート(技術官僚)のパラダイムが人工知能を管理する唯一のルールである場合、不平等、不正義、緊張、紛争といった計り知れない付随的損害を引き起こすことになる。教皇は現在の科学技術の進歩が人類にもたらす貢献について前向きに留意しているが、経済的利益のためだけの冷酷な進歩は拒否している」と語った。

人工知能がもたらす課題は技術的だけでなく、人類学的、教育的、社会的、政治的な分野を網羅する。例えば、戦争目的での人工知能の使用を考えれば理解できる。AI技術の軍事利用はますます洗練され、破壊的になっているだけでなく、戦闘から人間の責任を排除しつつある。最終的には、誰も引き金を引いたり爆弾を落としたりするのではなく、アルゴリズムが決めることになる、というわけだ。

また、ロボット工学やAIの利用増加により、仕事の世界ではますます多くの雇用が失われ、貧困の増加につながる。同様に、AIは現在、言葉や画像を意図的に歪曲し、誤った情報を提供し、それらを操作する機会をもたらしている。その結果、市民の秩序と民主的統治を著しく損なうというのだ。

そのため、チェルニー枢機卿は、「ユーザーの教育だけでなく、新しいテクノロジーの継続的な監視と規制も必要である」と主張する。同枢機卿は、「人工知能の開発と使用を責任を持って規制するには、効果的な規制だけでなく、多国間協定や拘束力のある契約が必要だ。所有者や開発者だけでなく、国家元首、政治当局、市民社会の指導者、宗教指導者など、関係者全員にかかっている。より良い、より平和な世界を将来の世代に残したければ、彼らの間だけでなく、他のすべての人たちに対しても、より広範な責任の共有意識が必要だ」というわけだ。

世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者、イスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は独週刊誌シュピーゲル(2017年3月18日号)のインタビューの中で、「人類(ホモ・サピエンス)は現在も進化中で将来、科学技術の飛躍的な発展によって“神のような”存在『ホモ・デウス』(Homo Deus)に進化していく」と述べている。

イスラエルの歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏(同氏の公式サイトから)

ハラリ氏は、「人類は今、新しい目標に向かっていくべき時を迎えている。人類はこれまで飢え、戦争、病気といった3つの人類の敵を克服してきた。紛争や飢餓は依然あるが、人類歴史上はじめて、飢えで死ぬ人より肥満が原因で死ぬ人間の数の方が多い。過去の人類史では見られなかった状況だ。2010年、世界で300万人が肥満による様々な病気で死去したが、その数は飢え、戦争、紛争、テロで亡くなった数より圧倒的に多い。欧米人にとって、コカ・コーラはアルカイダより脅威だ」と主張。

「20世紀までは労働者が社会の中心的役割を果たしたが、労働者という概念は今日、消滅した。新しい概念はシリコンバレーから生まれてくる。例えば、人工知能(AI)、ビッグデータ、バーチャル・リアリティ(VR)、アルゴリズムなどだ。労働者が今も有しているのは選挙権だけだ。その選挙権すら余り意味がない。世界は余りにも急速に変化しているので、人間は方向性を失ってしまった。

過去20年間で最大の変化はインターネットだ。誰もインターネットを拡大すべきだと話し合ったわけではない。全ての変化は政治とは関係なく決定されてきた。それは大変化の初めに過ぎない。今後、我々の生き方、職場、人間関係、人間の肉体すら変える変化に直面するだろう。そのプロセスでは政治や民主主義は大きな役割を果たさない」というのだ(「人類は“ホモデウス”に進化できるか」2017年3月26日参考)。

ハラリ氏の刺激的な未来像は、聞く者を驚かすだけではなく、当惑すらさせる内容だ。2000年余り、存続してきたローマ・カトリック教会にとって、AIは「時代の兆し」というより、新しい歴史の始まりを意味し、そのような新時代に「果たして神は生き残れるか」といった問いかけを突きつけられてきたのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。